●扶養家族が増えると、旅行のスタイルも変わってきた。拙宅では最近専らオートキャンプという奴に出掛けている。12月から3月までは寒いので行かないが、11月の寒い日のキャンプは、突風は吹くわ、雹は降るわで、我々ド素人には中々のサバイバルである。
●そうしたほとんどのキャンプ場は「サイト」という区画に別れていて、車を止めてテントを張る。ほとんどの家族は2時からチェックインして、5時にはもう炭火の煙があがっている。10時にはもうシインとしていて、テント越しにおとっつあんのイビキなんかも聞こえてくる。おとっつあん、もっと酒飲もうよっ!
●そんなド素人集合体の柔なキャンプであるので、サイト内では「裸火」が禁止である。小拙は「裸火」のことを「らび」と読んでいたが、広辞苑を見ると「はだかび」と載っていた。「らび」という言葉が一つ載っていて「rabbi=ヘブライ語で(我が主人)の意で、ユダヤ教の教師の敬称」なのであった。勝手にラビを禁止すると戦争が起こる。
●裸火禁止区域でも炭火で食い物を焼くのは許されている。その延長か、「焚き火台」なるものを使用すれば、焚き火をしても良いらしい。火が裸でなければ良い、ということらしい。しかし、本当は火というものは何かが燃えて出来るものであるから、本気で火だけを裸にさせるのは中々難しいように思う。
●「焚き火」をゲームソフト化できないだろうか。ゲームが始まる。まず、グループの人数と焚き火の種類(キャンプファイヤー、バーベキュー、焚き火、落ち葉焼き(+焼き芋)、野焼き、山焼き等)を決める。
●それから状況に応じた場所と時間帯を設定する。野原なのか、川原なのか、山中なのか、公園なのか、庭なのか。公園や川原では「野焼き・山焼き」は出来ない。時間帯を指定するのは、背景の設定にも関わるが、野次馬の数や火事になった時の消防の到着時間が変わる為だ。
●各種状況設定が済めば、天候、気温、湿度、風力、風向、を設定するが、これは自動設定モードにもなる。それぞれの数値の違いで、火の点き具合や燃え広がる度合いが変わる。地ならしとバケツの水を用意して、ゲームが始まる。イブニングオヤジは、もうこの諸設定の辺りだけでも興奮する。
●まず、燃やすものを調達する。山中であれば、枝の樹種を選んだり、枝の大きさや太さ、長さなどが設定できる。川原であれば枝は少し湿っているが、大きな流木を使えるという楽しみもある。薪という選択肢もある。ドラム缶で、古い雑誌を燃やすのも一興だ。
●最初に点火するものを決める。木の葉か新聞紙か、ダンボールか。古い新聞紙の場合、つい読みふけってしまうのであった。雨中の木の葉点けが難易度最高か。
●点火用のツールを選ぶ。マッチかライターか。マッチにも、長短が選べたり、頭薬が少なかったりのものも選べる。外国製は折れやすい。ライターもオイルライターなのか百円ライターなのか、高級品なのかが選べる。着火材も用意しよう。通は摩擦マッチか。
●焚き火のセッティングをする。櫓式に組むのか、円錐形に組むのか。ランダム派が居るかも知れないが、巧く組まないと中々点かない。太い枝が下の方がいいのか悪いのか。生木が混じると煙が多くなるので興ざめになる。
●焚き火の具(オプション)をセットする。薩摩芋を湿った新聞紙とアルミホイルで包み、放り込んだり、不要になったエロい本を下地にすることも出来る。悪い奴は爆竹や2B弾、癇癪玉を仕込む。忘れてしまいたい写真もある。
●いよいよ点火である。小拙はごく普通の公園の夕暮れに、新聞紙と割り箸と落ち葉と少しの薪で行う普通の焚き火モードで設定する。勿論オプションに芋を二個入れた。大阪ではこの様な焚き火を「トント(ン)」と呼ぶ。季節は晩秋かな。季節も選べるようにしよう。
●新聞紙をひねったものにマッチで火を点ける。新聞紙の出す煙は白い。割り箸と少しの薪、大量の落ち葉で作った城の入口に突っ込む。穴が一か所であると、酸素が取り込めないので、通気孔も要る。
●城のアチコチから白い煙が出る。白い煙ばかり出る。あれ失敗かな、と一瞬考える。長いハサミで少し揺さぶってやると、中にオレンジ色の火が見えた。嬉しい。感動する。縮尺を変えて見ると、公園からひと筋の狼煙が上がっていて、更に感動する。
●盛んに燃え始める。薪や落ち葉を追加する。部屋の照明を消す。火の付いたテレビが一種のインテリアとして機能する。BGMなど無く、木の爆ぜる「ばち」という音や湿った落ち葉が出す「しゅう」という音、勢いのある火は「ごう」と鳴くかもしれない。カラスの「かぁ」も欲しい。小拙はどんどん薪を焼べるのであった。酒が旨い。
●5時になったら、近所の小学校からドボルザークの「新世界より」が流れてきた。段々と日が暮れである。「むっすうぅ」と少し大きな音がした。オプションの薩摩芋が割れたのか。小拙は落ち葉を追加した。そうすることによって、何となく燻製的に葉の香りが芋に移行するように思えたからだ。
●小拙は、もう落ち葉しか入れていない。煙ばかりとなってきて、もう炎は見えなくなっている。本当に燻製的効果もあるかも知れない位の凄い煙モードである。それでも炎は見えない。
●なんでもやり過ぎは禁物である。裸火に失敗するとラビリンスに入ってしまう。小拙はもう落ち葉を入れるのをやめてしまった。すると、不思議なことに一瞬急に大きな炎が出たかと思うと又急に消え、一本の長い白煙に変わった。
●焚き火はほとんど終わりかけていた。黒いくすぶりの中から芋を出し、くすぶりにバケツで水をかけた。もの凄い熱と煙だ。地面そのものが熱されたという感じ。
●小拙は満足し、ゲームのスイッチを切った。小拙は就寝前にもゲームのスイッチを入れるであろう。そうして今宵、自分だけの焚き火は、いよよ華やかに燃え上がるのである。