●「小泉武夫」という名前をはじめて知ったのは『奇食珍食』(中央公論社)を購読した時だと思う。1987年上梓。小泉武夫さんは「食の冒険家」として文字通り飛び回ってこられてきた。以来、小泉さんの本を読むという形で彼の後を追ってきた。
●これまでに著書は80冊を越え(単著73、共著21)、各種連載も多数抱えておられる。驚くのはその全てが面白い読み物、ということである。
●小泉武夫先生の肩書は、大学教授(東京農業大学教授・応用生物科学部・醸造科学科・発酵生産科学研究室・農学博士)に始まって、クジラ食文化を守る会会長、ニッポン東京スローフード協会会長、NHK国際放送番組審議会委員、東都大学野球連盟理事などの役職に就き、発明家(特許26件)、小説家、エッセイスト、冒険家でもある。そして自らは「草井是好」、「味覚人飛行物体」であり「発酵仮面」である、と。
●小拙はいつかは小泉武夫という人とお会いしたい、アワヨクバ一緒に食事してみたい、と強く願望するようになった。しかし一介の小市民サラリーマンが「日本で一番忙しい男」と呼ばれている小泉先生とタメで食事などできる筈もなく、夢想の徒花と散る。
●小拙は何故小泉武夫という人に惹かれるのであろうか。有元葉子さんは、「衣食住」という言葉を「住の上に衣食がある」とし、だから「住」もきちんとしよう、と考え欧州にも住む。料理研究家でさえもそんな事を考える時代。小拙の様なコイズミストのタケオ学派は、住があっても食がなかったら一巻の終わりなのではないか、と思う。とにもかくにも「食」をおざなりにしない。惹かれる事由は、その一点に尽きる。
●昨年、NHKの「人間講座」という番組で、小泉先生の担当する「発酵は力なり 食と人類の知恵」が放送された。(2002年6月)もちろんその他の「ニュースステーション」や「ようこそ先輩 課外授業」などの番組にも多数出ておられる。
●小拙はその9回のシリーズを見て、先の「アワヨクバ」という企みの「アワ」を探した。アワとは「間(あわい)」のことで、広辞苑によると「人と人との組み合わせ。人間関係。おり。都合」であるという。溺れる者は藁をも掴む。夢想の海に溺れていた小拙の眼前に、藁はあった。
●藁は(失礼)『月刊ソトコト』誌のYさんであった。その雑誌では先のニッポン東京スローフード協会の支部を作り、活動していて、そのトップが小泉先生なのであった。Yさんとは一昨年に「DID」の金井真介さんよりご紹介いただいていた。
●Yさんも大した人で、坂本龍一とアフリカへ行ってDVDブック『エレファンティズム』を出したり、『ソトコト』がやっている、ケニア郊外のリゾ−トゲストハウス「ムパタサファリクラブ」のお庭はYさんの奥さんが造園した。
●Yさんに小泉先生の件を切り出すと、イトも簡単に連絡先をお教え戴いた。それはご自宅(渋谷区)の電話兼ファクス番号であった。Yさんから教えていただいた通りファクスを入れると、存外にも小泉先生自身からその日にファクスで返信がきた。(7月22日)10月に来神してお話いただけることになった。フエルトペンで「激忙のためFAXでやりとりしましょう」と書いてあった。コイズミ教祖は「激忙」極まっていた。
●いよいよお会いできる、あまつさえ食事までもが出来る。未読であった『FT革命』やら『食の堕落を救え』などを新たに購読した。やはりやたら興味深いし滅法面白い。
●小泉先生の乗った新幹線は、定刻通り新神戸駅に着いた。ホームで待っていた初対面の小拙に開口一番、田中角栄みたいに「ヨッ!」と言いながら右手を挙げられた。カッコいい。偶然同じ新幹線に乗って、やはり新神戸で降りた中村紘子(p)が先生の侍従か二号に見えた。
●先生の実家が福島の造り酒屋であることは各種略歴等で有名であるが、その清酒のブランドは「若関」であることを教えて戴いた。また、滋賀の余呉にあった「発酵機構研究所」は、現在県立の施設として栗東に移籍したことを評価された。11月に集英社から出る未公開写真集は、相当強烈な内容であるので楽しみに待つ様に勅された。また前日は渡辺貞夫夫妻、椎名誠夫妻と三組で会食された由。
●昼食会のメニューは、「あなごめし」弁当であった。輪っぱの下部に凧糸が出ている。強く引くとすぐに湯気が立ちはじめた。小泉先生は「うほー」と言いながら「こりゃ発明だな。石灰と水が反応して発熱するのかな」と。流石に『灰の文化誌』(リブロポ−ト)の著者であられる。
●この弁当は実は城崎の「西村屋」製のものであることを告げると、「肇さんの所のですか」と驚かれた。有名な老舗の旅籠の主人、西村肇さんとは旧知の仲であり、つい先日も会われたそうだ。調べたらこの人は城崎町長でもあった。
●「あなごめし」には刻んだアナゴをマムシた飯の上に、大きな蒸しアナゴが二本乗っていた。小泉教祖は「真似しなくてもいいよ」と言いながら、辺り構わず急速にそれを引っ掻き回した。畏れ多くて真似など出来ぬ。アレは教祖常食の納豆を混ぜる方式とほぼ同じ攪拌様式であった。
●講演では、小泉節がその場を席巻した。曰く、基本は土であって、そこから始めればほぼ完全で健全な生活のサイクルが得られる、という。中国の田舎の例はこうだ。高梁等の作物を大きな穴へ入れ、固体発酵させる。それを蒸留し白酒にし、滓を家畜の飼料にする。家畜の糞尿を肥料にしつつ、安全で旨い肉や乳などを得る。その肥料で安全で栄養価の高い農作物を作る、というサイクル。そういう当たり前の仕組みに立ち戻らなければいけない、と。
●そうして一次産業従事者が潤う事によって、非一次産業にも価が巡り、産業や経済が興ってくる、という。先の改選に伴う首相所信表明に、農政に関する記述が一行も無いのは、何たることか、と。小泉先生はだから政治(家)や役人が嫌い。でも『クジラは食べていい』の小松さんはホメておられた。
●日本の食糧自給率は39%(小泉先生調べでは37%)。これが日本(人)にとって、どれだけ危機的な状況であるのか。素人でもわかる様に思うのであるが、上述の様に官僚共の興味は別の所にある。
●日本の国内でも、例えば大分県日田郡大山町では、農協ががんばって、土づくりから取り組み、安全で美味しい野菜を全国に売り出している。大山町農協の昨年の売上高は82億円という。年間500人近くが海外旅行に行くんだそうだ。
●そこに農民のおばちゃん達が経営している「オーガニック農園」という昼だけ営業の食堂があって、地元の食材を使った郷土の料理をバイキングで食べさすという。平日でも大行列の大人気店であるという。
●大山町のことは、小泉先生の毎日新聞連載「美味巡礼の旅」(10月13日)でも紹介された。先生の言う「地産地消」での成功事例の典型なのかもしれない。ここへは全国から視察団が多数訪れているという。
●小泉先生がテレビ番組の「EV-TV?」や「視点・論点」などで同じ様なことを紹介し、岐阜の梶原知事、新潟の平山知事、福島の佐藤知事等から連絡があった。地方独自のカラーがもっと強まって欲しい。
●小拙が個人的に聞いたのは、先生お薦めの良い温泉である。小泉先生のベスト3は、「大沢温泉(岩手)」、「蟹場温泉(秋田)」、そして「乳頭温泉鶴の湯(秋田)」であった。
●先生の本に書いてある「満殿香酒」のことを聞いた。中国の田舎で百年前まで造られていた幻の酒。80種類以上の動植物の生薬香を中国白酒に溶け込ましたもので、芳香が身体中から漂うというもの。
●先生は満殿香酒を「そんなに持ってない」と言われた。ということは、やはり本当に持っておられるのだ。香りのデザイン研究所の吉武さんが、これを試作中ということである。
●小泉先生は、小拙の持っていた『FT革命』に「21世紀は発酵の時代」とサインし、風のように去ってゆかれた。
●FT革命とは発酵技術(Fermentation Technology)のことで、微生物が行う発酵をうまく使えば、人類の諸問題(食料、健康、環境、エネルギー)が解決できるという。IT革命は単なる手段に過ぎない、と。これは本当の本気の話。
●翌日テレビを見ていたら、「情熱大陸」という番組に先生が出ていて、西表で、巨大ウナギを食べておられた。味覚人飛行物体で発酵仮面の素顔は、正に小泉武夫であり草井是好であった。