●最近、食文化を脅かす微生物や細菌、ビールス(ウイルス)に関するニュースが多い。昨年の鯉ヘルペス騒動では、茨城県の老舗業者などが廃業に追い込まれた。そしてアメリカのBSEに続き、鳥インフルエンザ問題で「食」の産業が揺れている。

●落語では『鯉舟』という生きた鯉の出るものがあり、『青菜』では植木屋が「鯉の洗い」を振る舞われる。「鯉こく」も登場する。かつて鯉料理はそんなに珍しいものではなかった。日本は紛れもなく川魚食文化圏に属していたのではないか。

●『青菜』では鯉を「大名魚」と呼んでいたと云い、かつては淡水魚の中でも高級属であったことが分かる。『青菜』の時代でも植木屋の家では鰯も無く、大工にオカラを食わす。 オカラのことは 「切らず」 とか 「長いナリ」(『貧乏花見』)とも。今では鮎の方が小料理屋にありそうである。「貴方は鮎ですか」の英訳は「アーユーアーユー?」である。

●鯉を呼ぶ時は「鯉よ来い」とは言わず、ぽんと手をたたく。『鴻池の犬』では「来い来い」と呼ばれた親分犬のクロが、最後にスカをくらう。庭でボン(子息)に「しぃコイコイ」と小水させていたのであった。「鴨よ来い」の英訳は「カモンカモ」である。

●今森光彦さんの「里山物語」には滋賀の珍しい漁が出てくる。年に一度池の水を抜くことがあって、膝の浅さになればみんなが池に入る。竹で編んだ胴型の筒を濁った池底へさしてゆく。鯉や鮒が掛かれば上部から抱えて網に入れる。子供も年寄りも楽しそうに捕る。そしてその日に食べる。

●BSE騒動で吉野家の牛丼は大打撃。新メニューなどでの応戦臨戦体制に入っている。CoCo一番屋などのカレー店のことなども考えながらやっているという。吉野家一号店は築地にあるのだが、東京の魚市場から発祥したとは中々ユニークである。

●田河水泡の漫画『のらくろ』にも牛鍋は出てくるが、東京では豚肉の方が一般的だと聞く。関西では「肉」=牛肉であるから「肉まん」の事など関西ではあえて「豚まん」と呼ばないといけない。どうやら吉野家の創業者は大阪出身らしい。

●吉野家はアメリカ牛のアバラ肉を使っているので、肉というよりもアバラ骨で輸入するから並盛りが 280円で売れるのか。小拙の好みは、丼状態よりも皿で頼んでビールを飲む。半熟玉子はナイスなメニューである。

●吉野家などの場合は必ず加熱処理するので、大概のものは大丈夫な気がするのであるが、アメリカが全頭調査に応じない限り輸入再開までに在庫が切れる。

●小拙は前回英国の狂牛病騒ぎの最中にも牛の脳味噌の刺身を食べていた。流通提供されているものを食べて非難を受ける筋合いはどこにもない。個人が自主的に自粛するのは勝手であるが、食べる人間を非難する理屈はどこから生じるのか。

●小拙が判らないのは、限りなく流言に近い情報だけを元に、自分のライフスタイルを変えてもよいのか、ということであり、英国で牛の病気が発生して、神戸元町で焼き肉を食べない人間が、年末ジャンボ宝くじを買う神経である。

●英国で狂牛病が発生して、神戸で焼き肉を食べて当たる可能性よりも年末ジャンボ宝くじで3億円当たる確率の方が高いと思っているのはアサハカと呼んでも良い。宝くじ十枚で脳味噌刺身が六人前食えるのに。

●鳥がインフルエンザにかかったのであれば、鳥用改源を処方せなければならない。風邪をひいた鳥も処分されてしまったが、人に食われる人生に比べれば幸福なのかもしれない。

●小泉武夫先生によると、日本の食糧自給率は39%であって、危機的状況である、という。相当以前から、そういう状況に警鐘を鳴らしておられたが、全てはあとの祭りである。そろそろ食糧自給率の分母にあたる総消費量は残飯量を差し引いて計上するべきではないだろうか。

●アメリカの意見が大勢を決めてしまうIWOの裁定が下らないから日本はいつまでも調査捕鯨しかできない。同じアメリカの牛が食えないことを理由に一気に豊かな鯨食文化を復活できないものか。

(2004年1月26日号掲載)


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