○7月の末、東京の「外苑前」にある、梅窓院の祖師堂ホールへ行った。9月4日までここで

「ダイアログ・イン・ザ・ダーク(DID)」

が開催される。小拙は初体験であった。

○これまでに日本で過去5回開催されている。ウイーンから発せられた日経新聞の小さな記事(1993年)を金井真介さんがどれほどの刮目を持って見ていたのか、それを考えると凄まじいものがある。

○キュールの山田亮さんから金井さんをご紹介いただいていた小拙は、神戸のジーベックホールの筒猪さんをご紹介させていただいた。驚いたのは、筒猪さんがDIDの資料を持っていたことだ。筒猪さんもDIDに相当に刮目していた。

○話しは急速に進み、2000年に神戸・ジーベックホールでDIDが開催された。小拙は「暗闇」が何となく恐ろしくもあり、結局本番中には全く顔を出さなかった。そしてついにDIDを体験した。神戸展でついに体験しなかった、閉所暗所高所恐怖症の小拙が、意を決して臨んだのだった。その後山田亮さんは急逝し、令夫人のウヨンタナさんと子息の蓮君は上海に行ってしまった。

○このDIDはドイツのハイネッケ氏が考案したワークショップ型の展覧会で、自分の手も見えない暗闇空間の中に様々な生活環境を織り込み、その中を視覚障害の方のアテンドで進むもの。今後UDやチャレンジドに考慮した社会、高年者や障害者との共存を考える上で大変重要な意味を持つ実験であると思う。

○先日、神戸芸術工科大学の相良二朗先生が「詰まらないテーマパークよりも絶対に面白い」と言っておられた意味が漸く分かった。大変に有意義であり、しかも面白い。面白かったという感想ではどこかイケナイのかも知れないが、とにかく大変に楽しかった。

○アテンドの松村さん(視覚障害者)の誘導で、7名が体験した。後から一緒に入った志村季世恵先生に「約1時間かかった」ということを聞いたが、小拙には15分位に感じた。

○「目を閉じた方が明るく感じる」ということも聞いていたが、全くその通りであった。厳密に言うと同じなのかも知れないが、瞼に何か残像のようなものが投影されているように錯覚をする。小拙は目を開けて進んだ。

○白杖を持って進むのであるが、最初は恐る恐る松村さんの声がする方に向かってゆっくりと進むだけであった。「○○があります」「□□があります」と言われると、それだけでそれに当るような感覚がして少し恐い。片手を胸の前に出して松村さんの声に向って進んだ。

○感動的に素晴らしいのは、松村さんのアテンドだ。的確に次のポイントにきっちりと進んで誘導してくださる。思わず「何で松村さんはそんなに凄いのですか」と子どものような質問をしてしまった。

○驚くのは、志村先生以外は全くの初対面の方々なのであるが、会場に入った瞬間から「仲間」になることだ。「どこ?」「ここ」「あ、そこか。早くおいで」「わかった、待っててね」と、声で方角と自分の位置を示す。仲間にならなければ上下左右のはっきりとしない世界では前進できない。これもDIDの素晴らしさだと思う。

○5月14日に金井真介さんが神戸に来られたときに「初対面なのに、みんな仲良くなってDIDの後飲みに行ったりする」と云った。小拙はそのとき少し半信半疑だったが、一度体験するとそれが嘘でないことがはっきりと分かる。それはもうはっきりと「仲間」と言える。

○織り込まれた空間も非常に良くできていた。音、香り、触覚、味覚と、視覚以外の感覚が、普段よりも研ぎ澄まされていることが大変良く感じることができる。また、研ぎ澄まさなければ、この世界では進むことができない。2005年の神戸では何を織り込めばいいのか。

○小拙自身は恐さを紛らわすために終始喋っていて、関西弁が面白いのか、志村先生には大受けであったが、他の皆さんにはご迷惑だったのかも知れない。ごめんなさい。

○そういう状況なので、アフォーダンスというか、質を感じる余裕など無く、恐さと面白さが同居する中で進む、という状況であった。ただ、誘導のための線状ブロック・点状ブロックの重要性に初めて気がついた。これがあれば進めるのであるが、例えば歩道の放置自転車などは絶対に危ないということにも改めて気が付いた。

○会場となった梅窓院・祖師堂ホールも素晴らしく、外苑前駅からゆるやかに少し下ったところに玄関があって、そこから自然と会場に入ることができた。全体の大きさもすぐには見当がつかず、DIDには適した会場だと思う。隈研吾さんの建築である、と金井さんに教えて戴いた。

○時間外にデモを行っていただいた、土岐小百合さん、志村季世恵さん、筒猪和夫さんに感謝。松村さんはじめアテンド関係の方々、本当にありがとう存じます。夜には、ハイネッケ氏にも挨拶が出来た。また、夜に合流した詩人の園田恵子さんも是非体験したかった、と悔しがった。

○今回の東京展は9月4日まで。このDIDの本質は、体験しないと絶対に分からない、ということ。小拙も先週までは単なる応援団であった。また、藤原和博さんや関根千佳さん、竹村真一さんなどもDIDを応援している。

○「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」は体験した瞬間からまさに対話が始まり、その後も誰かに伝えたくて仕方ない心理になる。この混沌とした時代、「対話」が持つ需要性を改めて認識させられた一杯の思いで帰阪した。

○「傷だらけの人生」 作詞:藤田まさと、作曲:吉田正、唄:鶴田浩二
(前略)
何から何まで 真暗闇よ すじの通らぬことばかり 右を向いても 左を見ても ばかと阿呆の からみあい どこに男の夢がある
(中略)
真っ平ご免と 大手を振って 歩きたいけど 歩けない 嫌だ嫌です お天道様よ 日陰育ちの 泣きどころ 明るすぎます 俺らには
  (後略)

2004年8月9日号掲載


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●Dialog in the Dark Japan(公式サイト) www.dialoginthedark.com/
●ダイアログ・イン・ザ・ダーク 2007 TOKYO(TBSラジオ) www.tbs.co.jp/radio/did/
●ダイアログ・イン・ザ・ダーク - Event Information -(こどもの城) www.kodomono-shiro.or.jp/event/did/
●GOOD DESIGN AWARD [ G-Mark Library ](グッドデザイン賞) www.g-mark.org/search/Detail?id=31868&winners=2005
● 真っ暗な空間を体験する『ダイアローグ・イン・ザ・ダーク』に行ってきました。(ほぼ日刊イトイ新聞) www.1101.com/news/2006-08-23.html

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