2007年2月×日

京都に住んでる音楽家のHとなんか一緒にやろうよ、
とゆーハナシはずっとしてたのだけど、
何がどーできるか特に真剣に考えたりするコトなく時が過ぎていた。
 
実は上新庄にアパートを決めて住民票を区役所に取りに行った時、
音楽コンテストのチラシをみつけて彼に渡してあった。
昔自分が作曲した曲を一度ちゃんと録っておこーかなとゆーコトをいつかHが言っていたから、
どーせ録るならどっか送ってみるのもいーんじゃない?とゆー感じで。
てゆーか逆にそれをキッカケにでもしないとなかなか重い腰が上がらなかったりもするし。
 
それが最近、1つ女性ボーカル用の曲があるからそれいってみよーかとゆーコトになって、
Hの住んでる所まで曲を聴きに行って来た。
 
Hとは昔●SNの無料チャットがまだ健在だった頃に出会ったのだけど、
色々音楽とかゲージュツのハナシとかをよくしたとゆーか、
Hが話すのをアタシが聞くとゆースタンスだけど、
そーゆーハナシをPCの画面上でよく交わした。
カッコつけたり分ったよーな発言をすると、
酷く冷たくそんなに言われたら立ち直れないんじゃないかとゆー位に反論されてしまうので、
Hとハナシをする時はチョッピリ命懸けみたいなトコがある。
 
Hと出会った頃、
たまたまアタシはインナービューとゆーキースジャレットのインタビュー本を読んだばっかりで、
Hの言うことがその本に出てくるグルジェフとゆー思想家(?)の言っているコトと同じだったからちょっと驚いた。
アタシはグルジェフの思想に出会ったキースが、
彼の音楽や生き方の指針みたいなモノとしてインタビュアーに語ったグルジェフの教えを極間接的部分的に読んだだけなのだけど、
longing――熱望するコト――とゆーフレーズに痛み入ってたトコロだった。
グルジェフ知ってる人とかそんなに多く無いよなぁと思いつつ、
Hはほぼ初対面のアタシに本質的なハナシばかりするので、
なんだか堪り兼ねてグルジェフって知ってる?とHに訊いたのだった。
Hは一瞬固まったけどウンと答えた。
それはなんとなく不思議な出会いな気がした。
 
京都のHのやもめ暮らしの部屋はアタシが今まで訪問したコトのあるどの部屋よりも足の踏み場が無い所で、
環境に染まり易いアタシは瞬く間にずっと前からアウトローなミュージシャンとして4畳半一間に暮らしてたよーな気分になる。
 
Hがギターを弾きながらその曲を歌ってくれて、アタシは音を拾ってとりあえず楽譜にした。
 
作曲者自らが演奏するのを聴くのは常に感動的だ。
多かれ少なかれ身を削って一つ一つの音符を生み出してゆくとゆー作業の終結したモノである。
それに甲乙をつけなきゃならない審査員や評論家とゆー仕事も寂しいモノだ と思う。
 
こーして、Hと知り合ってから2〜3年目にして初めて彼の曲を聴かせても らえた。
別にもったいぶっていたワケでもないのだろーけど、
なんとなく信用されてないなとゆー気がしてた。
 
音楽に限らずだけど、作り手とゆー人種には、
きーてきーて、みてみてーと自分の作品をどんどんアピールするタイプと、
 
腰の重い、口の重いタイプがあると思う。
そして、きーてきーてみてみてー派の中から力のあるモノコトが陽の目を浴びるとゆーのも、
至極自然なコトと思う。
 
またハナシが反れたし。
 
Hが他にもいくつか聴かせてくれた中で、
彼がとっても大切に何年もかけて作りながらもまだ未完成で、
多分それはずっとチョコチョコと手を加えられながらずっと完成するコトの
無い作品かも知れないのだけど、
ある人物を唄った曲があった。
 
その人のハナシは前からよくしてくれて、
あ…うちのダンナさんと似てるな…と密かに思っているのだけど、
アタシはその詩を聴きながら、Hのその人に対する尊敬と愛情とその人の不
器用さと強さと脆さみたいのに、
涙が止まらなかった。
 
アタシはバレないよーにボロボロ涙を流すとゆー特技を持ってるのだけど、
 
鼻水だけはどーしてもズルズルいってしまう為に、
相手がまさかアタシが泣いてるとは思ってないよーな状況の時は、
え、風邪?と必ず訊かれる。
 
曲を聴き終わって、
え、風邪?と言われて、
いや、ありがとー。
と言って帰って来た。
 
コンテストに送るかどーかは関係なく、
楽譜にした曲をこれから一生懸命練習しよーと思う。

2008年9月15日号掲載

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