「ぽんぽこりん」
「何じゃ」
「たぬでございます」
「たぬか。たぬに用はない」
「そうでございますか」
「…『そうでございますか』と言いながら
何で障子をあけて寄ってくる。
用はないと言うておるではないか!」
「確かに用はございませんか?」
「迫るでない。お前の息は臭い」
「そんなことを言う人にはこうしてやります」
「こら、こら! そんなところをつねるな!」
「もう憎い、憎い」
「何を言うておる、たぬの癖に」
「主さま進じょ、月夜の晩に…」
「何じゃ、その訳のわからん歌は。
妙な声色を使うな!」
「池のはた、くるり回って
かねや太鼓で囃します。
ぽんぽこりんの、ちんとんしゃん」
「机の上で妙なしぐさをするな。
うっ、けもの臭い…」
「こんこんこん」
「…誰じゃ、今度は」
「きつでございます」
「きつにもたぬにも、用はないわ」
「うちのたぬが、きっとお邪魔をいたしております」
「このたぬはお前のたぬか。
早う連れて帰れ。書見の邪魔になるわ」
「しかし、私のたぬというわけでもございません」
「何じゃ、今しがた『うちのたぬ』と申したではないか!」
「うちのたぬには違いございませんが
私の所有物ではございませんので」
「何でもよい、このたぬを連れ出してくれ」
「それでは、ちとそちらに罷りこします」
「おいおいおい、
また変なのが部屋に入ってきおった。
どうにかしてくれ」
「ちとこの書物を拝借、はあはあ…」
「こらこら! 書に手を…前足をかけるでない!」
「くさぞうし、でございますな?」
「それがどうした」
「お勉強のさまたげでございます」
「きつなどの知ったことではないわ」
「しかし、面白うございましょうな?」
「それは面白い。草双紙といえども
今日ひとつのサブカルチャーとして
評価すべきものであるからな」
「ぱくぱくぱく」
「おいっ、待てっ! こらっ!
書を食う奴がおるか、返せ!」
「むしゃむしゃ、ごっくん」
「ああ、情けない。むじなの類と称されているものの
やはり畜生のあさましさ。大事な書物を
一夜の腹の足しにしてしまいおった…」
「腹ぐすりでございます」
「何を馬鹿な」
「やや、こちらは何でございます?」
「ああこらこら。また、
そのような所から書を引っ張り出すでない」
「やっ、こっこれは」
「あっ、それはいかんっ。これ、見るでない!」
「…ひっひっひ、お武家さまときたら」
「へ、変な声を出すでない。それをこちらに寄越せ、
寄越せというに!」
「まくらぞうし、でございますな?」
「それがどうした、よけいなお世話じゃ」
「しかも、これは南蛮渡来、
極彩色純粋桃色無修正の『ぽる』でございます」
「そ、そうじゃ。『ぽる』とて今日では芸術の一環。
インテリたる武士に必須の教養とされておるのじゃ。
まあそのようなことを、
けだものに言うたところでせん方ないが…」
「眼福のきわみでございます」
「もうよいじゃろう。しまえ、しまえ」
「しかし…」
「しかし、何じゃ」
「これは、幕府ご禁制の品でございますな」
「うっ…ま、待て。
何じゃ、その狡そうな顔つきは…。
分かった、分かった!
お前たちの欲しいものは何でもくれてやるから
どうか黙っていてはくれまいか」
「こんこんこん」
「ぽんぽこりん」
「頼むっ、武士の情けじゃ!」
「ぽんぽこぽん」
「こんころりん」
「腹鼓を打つでない!」
「ぽんぽこぽんのぽん」
「これ、舞うでない、舞うでない。
あばらやの根太が抜けてしまうわ」
「ずっしーん」
「こらこらこら、急に巨大化するな。
分かった、もう分かった。
おいおい、許してくれ。
お主らを馬鹿にしたわしが悪かった。どうか…」
「どっかーん」
「この通りじゃ…」
「どしんばりばり」
「もうやめてくれー」
「ばりべりぐしゃ」
「わー…」
「ずばばばばーん」