ママが酔っ払って家中のものをガチャガチャ壊している。CDケースを倒して、食器棚を倒して、クローゼットの中の物を寝室に投げ込んでいる。ガラスが割れる音、物が壊れる音、ママのヒステリックな叫び声がリビングやパパとママの寝室から子供部屋のベッドでふとんに包まっている私の所に聞こえてくる。そういう時、私の頭の中には楽しい音楽が流れていて、私はなるべく外の音を聞かないように音楽に耳を澄ませる。時々、その音楽が口から外に出て行ってしまうことがあって、そういう時ママはパパが取り付けてくれた鍵を壊して私の部屋に入ってきて、思い切り私をぶった。

 もうすぐ五歳の誕生日を迎えようとしている私の、もうすぐこの家を出て行こうとしているママのおはなし。

 ことの始まりは1年前。パパの小さな会社にシンソツで頭と育ちと顔とセンスの良い女の子が入社した時。ママはパパの会社に忘れ物を届けに行って、シンソツで頭と育ちと顔とセンスの良い女の子がにこりともしないでそれを受け取った。それだけ。もしかしたらもっと前から何かが始まっていたのかもしれないけど、私にわかるのはそれだけ。

 ママは、結婚する前はデパートの受付の仕事をしていて、結婚したときにセンギョウシュフになった。パパとは合コンで知り合って、私が出来た時にニュウセキした。急だったから結婚式もちゃんと(大きくて有名な一流ホテルの結婚式場で)挙げられなくて小さなフレンチレストランを貸し切っただけの立食パーティーだったし、ウェディングドレスもちゃんとしたもの(イタリアとかフランスとかのブランドのオーダーメイド)じゃなくてレンタルのシンプルなデザインのものだったのだそうだ。

 1年前のその日、ママはパパの会社から家に戻ってくるときにフランスとかイタリアとかで作られた高い有名なワインをたくさん買ってきて、キッチンの棚にしまった。他にも何かあったのかもしれないけど、私にわかるのはそれだけ。

 その日からママは少しずつお酒を飲むようになった。ママはだんだんジムにもお料理教室にも近所のママ達とのお茶会(デザートバイキング)にもお買い物にも行かなくなって、ようちえんのバスのお迎えにも来てくれなくなった。お掃除もお洗濯もお料理もお菓子作りもしなくなって、アロマセラピーもパックもおしゃれもお化粧もしなくなった。ママはワインの瓶とか割れた食器とかで家に帰ってきたパパに殴りかかるようになって、パパは会社で寝泊りするようになってあんまり家に帰ってこなくなった。私のおべんとうはコンビニのおにぎりやパンになって、夜ごはんはピザかカレーになった。

 ママはお酒しか口に入れなくなった。どんどん痩せて、お腹がぷっくり出てきた。日に日にアザを増やしていく私を心配したようちえんの先生や、近所の人の通報を受けたクヤクショの人が家に来ても、ママは椅子から立ち上がろうともしなかった。ママはぶつぶつ独り言を言いながらお酒を飲んでいるか、ヒステリックに叫びながら暴れているか、トイレで胃の中のものを吐いているか寝ているか、そのどれかしかしなくなった。

 パパは時々帰ってきて私におべんとうや夜ごはんのお金を渡して、壊された私の部屋の鍵をより?頑丈なものに付け替えた。ママはパパのカードでお酒を買いに行くとき以外は一歩も外に出なくなった。これが一年前から昨日までの、お話。

2007年7月2日号掲載
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