今日、よく行く古着屋さんで変なものを見つけた。その古着屋は、何だかいつも変なものを置いていて、でも今日見つけた変なものは今までそこに置いてあった変なものとは違う変さがあった。その話の前にまず、その古着屋がどういう古着屋なのかというと、あまり車の通らない道に面した古いビルの二階にあって、入り口には60年代っぽい水玉のワンピースを着た黒いマネキンと、たわしみたいな質感のマットが置いてあって、入ってすぐにL字型のショーケースと昔っぽいアクセサリー、レジ、あとは古着古着古着。入り口から対角に、変なものコーナーのような謎の場所があって、ガラスと木で出来た郵便ポストのような形のケースの中に、コンクリートの破片だとか、古いお金だとか、使い終わった割り箸だとか、古いボタンだとか、ビンの蓋だとか、木の葉だとか、割れたカップの取手だとか、マネキンの指だとか、そういうものが置いてある。私はそういうものにあまり興味があるほうではないので、いつもは特に見たりもせず、特に気にもしていなかったのだけれど、今日、小花柄のワンピースを試着しようと振り向いた時に、何故かそのケースの中に置いてあるものがすごく気になってしまったのだ。

「すみません」

 レジの女の子は雑誌に集中していて返事をしてくれない。

「すみません!」

「あ、はい!…えーと、ご試着ですかぁ?」

 女の子は雑誌を手に持ったまま、レジの中からそう言った。

「それもなんですけど、あと、このケースの中のこれって何ですか?」

「ちょっと待ってくださいねー今そっち行くんでー」

 女の子は少し枯れたような低い声でそう言いながら、雑誌を持ったままこっちへ向かってきた。きつい香水の匂い、赤い柄の、ミニーマウスのようなワンピースに赤い縁の大きなサングラス、蛍光の黄色いパンプス、深緑のタイツ、つやつや光る銀髪のボブカット、大きな、白い円盤状のピアス。

「あのー、これなんですけど、この真ん中の…」

「あー、これー、ねー。何でしょうねー、肝臓?腎臓?とか何かの形らしくてー、で水晶?か何かだったと思うんですけど。実はこれ店の子が来る途中にその辺で拾ってきたみたいでー、私もよくわかんないんですけど」

「あー、そうなんですか…へぇ」

「えーと、これ出しますー?」

「あ、じゃあ、お願いします」

 女の子はポケットからじゃらじゃら鍵を出してケースを開けた。

「どうぞ」

 私はケースの中の石を取り出して、顔の前に広げた左手の上に乗せた。それは昔飼っていたジャンガリアンハムスターと同じくらいの大きさで、確かに内臓っぽい形をしていた。

「わー、何これ、本当に内臓みたい」

「ねー、ちょっと気持ち悪いですよねー」

「でも面白いですねー。これって、売り物なんですか?」

「それがー、売り物なんですよー。このコーナー本当よくわかんないんですよねー。拾ったものとか売っていいんですかねー? 何か犯罪の匂いがしますよねー」

「あはは」

 私は、笑いながら手に乗せた石をケースの中に戻そうとした。その瞬間に、どうしてか突然ものすごくこの内臓のような石が欲しくなってしまった。

「えーと、これ、いくらですか?」

「ちょっとまってくださいね、えーっと、4015円ー、ですね。はい、4015円です」

 私は驚いてケースの中を見た。確かに4015円、と印刷された値札が置いてある。

「4015円って…。冗談にしても笑えないですよねー。妙にリアルな値段ついてますねー」

「あー、でも…じゃあ、これ下さい」

「え!? ちょ、っと待ってくださいね、店長に電話してみます。多分、これただでいいと思うんですよ」

「本当ですか?」

「いや、さすがに拾ったものは売れないですよー。ちょっと待っててくださいね、今電話してみますんで」

 女の子はレジに戻ってショーケースの上の黒電話のダイヤルを回し始めた。

「へぇ、それ置物じゃないんだ…」

「そうなんですよー、かわいいんですけどね、レトロで。でもこれ使って携帯にかけんの本当大変なのですよー。しかもー鳴ったら鳴ったでうるさくてしょうがないし。すっごい音すんですよこれ、明らかに間違ってますよねー」

 女の子は携帯で番号を見ながら、黒電話のダイヤルを回し続ける。

「携帯からかければいいだけの話なんですけどねー」

 0 … 0  4 … 8 3 … 7 … 8 …もしもしー店長? あのー昨日太一が拾った何か内臓みたいなのあるじゃないですかー、あれってー…

 私はぼんやりと電話の声を聞きながら、じっとその石に見入った。見れば見るほど内臓っぽい。表面が少しぶつぶつしていて、管のようなものも見える。少し白っぽい、水晶のような石で、中に煙のような白い模様がみえる。少し冷たいのに、皮膚の一部になったみたいに、全然何かを持っているような気がしない。もしかしてこれ動いたりするんじゃないだろうか。ぴくぴく、とか。このくらいの大きさの、肝臓?腎臓?を持った動物というのは、何なんだろう。犬とか、猫とか? 猿とかかもしれない。

「お客さーん」

「はい?」

「あー、それ、持って帰っちゃっていいですよー。今店長に聞いたらやっぱりただでいいって言ってたんで。つかあのケースの中のものが売れたのって初めてなんすでよー。だからどうしていいかわかんなくて」

 女の子は、あごでケースの方を指してそう言った。

「値札とかもー、昨日店長が面白がって付けただけみたいなんでー、全然持って帰っちゃって下さい」

「えー本当ですか? ありがとうございますー」

 私は、喜んでいいのか何なのか、ちょっとよくわからない気持ちになりながらそう言った。

「じゃあ包みますねー」

「あ、すみません、何か」

「いいんですよー、どうせ今日暇でやる事も無いんで」

 女の子は、そう言ってかわいく笑った。顔の半分がサングラスで隠れていて、表情がよくわからない。が、今のは多分かわいい笑顔だったはずだ。

「そのワンピースはどうします?」

「え?」

「それ、手に持ってるやつ」

 私は、試着しようとしていたワンピースを、腕にかけたままだった。

「あ、これは、いいです、ごめんなさい」

「はい、じゃあお預かりしますねー」

 私はワンピースを女の子に渡して、包んでもらった石を受け取った。

2007年1月15日号掲載
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