生まれたときからいつも、何かが私の側に居た。私が何をしているときでも、それは私の全てを見ていた。だから私は自然と、どこへ行っても、何をしていても、その何かの視線を意識して行動するようになっていた。私はわざと、奇怪なおぞましい行動を取った。美しい花を汚したり、産まれたばかりの赤黒い子犬の頭を蹴飛ばしたり、砂糖に群がる蟻を踏み潰したり、浮浪者の股間に舌を這わせたり。私は見られていることが心地よかった。おぞましい事をするたびに、私の心の奥が何か熱いもので満たされた。ただ、私がふと空を見上げたり鼻歌を歌ったりするとき、その何かはその瞬間だけふと居なくなった。

 初潮を迎えた私は、ある青年に恋をした。私はその青年がいつも通る道に生えている桃の木に手紙を結んだり、着飾ってわざと足早に青年の側を通り抜けたりして自分の思いを伝えた。次第に青年も私を思うようになった。私の家の前にこっそりと文を置いたり、すれ違う瞬間に私の髪に花を刺したりしてくれるようになったのだ。その頃の私は、鏡の前で自分の美しい、膨らみ始めた白い身体に指を這わせてはため息をついていた。あぁ、あの人が私の身体の隅々に触れてくれたらいい。私は自分の経血を小瓶に集め、それをインクに溶かしたもので青年への手紙を書くようになった。青年がその手紙を読むとき、知らずに私の恥部を思うだろう。

 私たちは自然と、逢瀬を重ねるようになった。始めは明るい川原で語り合うだけだったが、次第に私たちの興味は薄暗く甘い方へ流れた。私たちは日が沈む直前の橋の下で、ほんの少しのあいだお互いを求め合った。私はその物足りなさに身悶えた。いつもいつも、私は疼き、青年を求めていた。その頃から、いつも私の側に居た何かが、私に働きかけるようになった。特に何かを言ってきたり、目の前に現れたりするわけではない。ただ頭の中で、夢の中で何かを囁くのだ。それは聞き取れない小さな声で、私は目を閉じてそれをただじっと聞いた。何を言っているのかは全くわからなかった。

 ある夜、布団の中にもぞもぞと違和感を持って、私は目を覚ました。外はまさに闇で、私は恐る恐る布団をめくった。黒い影が見える。私は狂いそうになりながら必死で枕もとのマッチを取り、ろうそくに火をつけた。闇の中でぼうっと浮き上がったのは、鏡でしか見たことのない私の顔だった。私は驚いて声も出なかった。その何かはおぞましい顔をして、ニヤニヤと私のほうを見つめた。私は恐ろしさに身をすくみ上らせながらも、どこかでこれを知っていたような、変な感覚を持った。

「いつも私を見ていたのは、あなた?」

目の前の私は、にっこりと笑って頷いた。それは少しずつ私の上にかぶさって、キリキリと私の首を絞めた。私は呻き声をあげながら遠のいていく意識の中に眠った。

 目を覚ますと部屋の中はいつもどおりの朝だった。私は押入れの中や箪笥の中などを探してみたが、そこには何も居なかった。私は顔を洗い、朝食を取りながらふと、私を見ていた何かが居なくなっていることに気が付いた。私は気味が悪くなったがそそくさと仕度を済ませ、学校へ向かった。昼頃気が付くと、その何かは私の側に戻ってきていた。私は気のせいだったのかもしれないと考え、それからはもう気にしないようにした。

 夕方、青年に会うために私は川原の橋の下に向かった。青年は明るい笑顔で私を迎えた。そして私の裾をめくりゆっくりと私の足に指を絡ませ、ねっとりと私の中に指を入れた。そして私の首に舌を這わせながら、優しく囁いた。

「ゆうべはとても素晴らしかったよ」

 私は青年を突き放し、どういうことかと詰問した。青年が言うには、私が昨日の夜、彼の部屋に忍び込んだというのだ。私は驚いて昨日の出来事を青年に話した。青年は、少し気味が悪そうにしたが、すぐにそっと私の髪を撫でた。そして優しく私を抱きしめて、頬に口付けをした。

 その夜、私は脱衣所で帯を解き、姿見の前で愕然とした。私の白い太腿の内側に、赤黒い痣ができていたのだ。それはまるで、経血を溶かしたインクのように、くっきりと私の腿に浮き上がっていた。ふっと、私と同じ顔をした人が鏡の中に現れた。私の太腿の痣が蛇のようににゅるにゅると蠢いた。次の瞬間、身を裂かれるような衝撃と共に私は私の身体を離れた。目を開けると、私の目の前には私の後ろ姿があった。前にいる私が鏡の中から私の目をじっと見つめ、嫌らしく上品ににやりと笑った。

2005年11月28日号掲載
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