何が恥ずかしいといって、わたしにとって人前で食事をすることほど恥ずかしいことはありません。家族などのまえならば平気でいられるものではありますが、初対面のかたであるとか、まして真向かいにに異性、とりわけ好意を寄せている男性などが座っていなどいようものならば、わたしはひとくちも皿に箸をつけることなく食事の時間がはやく過ぎていってくれることだけを願ってなんとかその場をやり過ごさねばならないのです。口を開いてたべものを口の中に運び入れるときのだらしのない顔をさらしたり、繰り返し行われる咀嚼。そう咀嚼。いやな言葉。そのときあの、忌わしい音が自分の口蓋ののなかでひそかにたてられているのを、聞かれやしまいかとおもいながらなんとか仕事をおしすすめ、最後に噛み砕かれた食べ物をだ液とともにのどを通していくときのあのなんともいえない恥ずべき音と動き。なかでも贅沢な食事というかたちで食欲という欲望が野蛮にみたされるということが耐えられず、さらにその姿を無防備に人前にさらしているという恥ずかしさに到底わたしは耐えられないのです。
こんな調子ですから、思いを寄せるひとが出来たとして、よいぐあいに相手も私のことを気にかけてくれ、まず最初にデートに誘われたときには大抵お食事をしましょうということになるのですが、映画などを観たあとお相手の方がお腹が空きませんか。と言っても、けして空いてるなどといえようはずもなく、いいえわたしはぜんぜん。なにも食べたくありません。お茶ならば。などととおまわしにお断りするのですが、遠慮しているのだろう。と思う方もいらして、結局レストランなどに連れていかれてしまうのです。それでも、頑として手を付けようとしないものですから、そのまま片付けられる皿を不愉快そうに見送りつつ、体調を心配されたり、なにやらひどくつまらない女だと思われてしまったり、当然二度とデートなどにはお誘いいただけることなく失恋してしまうという理不尽な結末に見舞われるのです。