p r o f i l e

網膜的な逢瀬 高速道路に見降ろされて複雑に車路が交差合流する横浜駅東口のロータリーでユキは顔も年齢もわからないメル友を待っていた。フロントグラスを甲虫のようなマット調のフィルムで覆った深紅のワゴンRが十五分の間に三回も目の前のT字路を左折していく。光の帯が重なり合いゆるやかなカーヴを描くにつれ被写界深度が急激に深くなる。崎陽軒のビルからよろめき出る数人の酔漢がガードレールに薄い尻をのせたユキの肩先を眺める。彼女は溜息をつきパーカのポケットの中で掌を握りしめるが年齢も名前もわからない相手はいっこうに現れる様子がない。ただし携帯電話の小さなスピーカ越しに声は聞いたことがあった。ちょっとかすれ気味でゆっくりしたユキ好みの声で躯の芯が柔らかくなり静かにほどけていくのを感じた。灰色のパーカの下の乳首がこすれて硬くなった。しかし次の瞬間電車が地下に突入したので彼女の側の声はひびわれたコンクリートの壁に吸い込まれた。ミサイルの発射路のように斜面に穿たれたその地下進入口は中学生の頃に大規模な脱線事故があった場所だ。車輌の進行方向右側に立っていた大学生は缶詰の蓋のようにめくれあがった車輛のボディに全身を巻きこまれて即死したが左側の座席にいたOLは軽傷ですんだ。翌朝目をさました瞬間にネオンを映し込み夜を融かしていたワゴンRの暗い運転席を思い出した。昏い映像がユキの記憶の深層にとじこめられた。