ほそい、すきとおった骨を丹念に取り分ける。青い畳のうえでこっそりくずした脚のあいだから、ゆらりと熱がたちのぼって。
「雨にあたられながら」
「そんな時間まで?」
蝋燭の光でもないのに恐ろしく心細い明かりだ、黄ばんだ壁に焼きついた影が揺れる。通過する電車の振動で木枠に嵌ったガラスががたがた鳴る。下卑た箸先でつまんだ骨を明かりに透かしてじいっと凝視する。半眼で気持ち悪い。
「死んだものだとばかり」
「からだが云うことをきかなくて」
「気がつくと大きな声を」
「見られていた?」
ざりっとした毛の感触が指先に伝わる。それから、しめった肌をすべり落ちる。
闇の中から、すうっ、と白い指が現れたかと思うと、唇をなぞる。つよくひっぱられてゆがんでひらく。ちいさな歯を割って、中に入り、舌に張りついた長い毛をつまみあげる。喉にからまって声が出なくなる。
「もうすこし」
「毒がしみるのかも」
「染みる?」
二の腕にくっきりと指の痕がついてしまった。なにか真っ赤な生きものが皮膚の下に泳いでいるみたいだ。
「金魚」
「え?」
「いや、人魚かな、ちいさな」
光をぎらぎらはねかえす鱗にびっしり包まれた腰。はげしく前後左右に振って滴を払い落とそうとする。つい声がもれる。
「い」
「どうして?」
「もっと逸く」
「腹が張るな」
「つっぱる?」
「じゃあ、もう一本頼みましょうか」
あたらしい酒が来た。鼻先で猪口を揺らしてみる。うんと熱いのが唇の端からあふれるのを、冷たい舌がぺろりとなめとると、急に、口の中に豊潤がひろがる。羽毛のようにやわらかい肉、清冽な脂、焦げた皮の香ばしさ。こってりしたたれが舌にからまる。
立てた膝のあいだの暗がりから、とどめようもなく流れ出てくる、ふるい旧い過去の言葉、仮構された記憶の甘美な暴力、性交のあとのすさまじいだるさ、首をめぐらせて、生きる気をうしなったまなざしの差す先を見届けたときには、もう世界は跡形もなく消散している。
2006年7月3日号掲載