今回は、自信を持って、本コラム初の純ハリウッド産ブロック・バスター作品をご紹介します。
夏休み大作として先日公開されたばかりの『M:I:III』を早速観賞してきました。
今年の夏の映画界は、全国公開作品だけでなく、単館公開作品からも目が離せないという喜ばしい年となっています。実写映画なら洋・邦の大作から珠玉の小品まで、アニメーション作品ならスタジオ・ジブリの大作アニメーション作品から至高のアート・アニメーション作品まで、実にバラエティーに富んだラインナップで、鑑賞作品の選択に嬉しい悲鳴を禁じ得ません。
そんな豊かな状況の中でも、やはり、「ハリウッド製のブロックバスター大作でストレス解消!」と考えていらっしゃる方が多いのではないでしょうか?
【超一流のスパイとして長年活躍してきたIMFのエージェント:イーサン・ハントは、現在、一線を退き、スパイ養成の教官を務めていた。婚約者:ジュリアとの結婚を控え、プライベートでも平穏かつ充実した日々を送っている彼の下に、ある日、IMFから新たなミッションが届く。イーサンの教え子である女性エージェント:リンジーが、国際的に暗躍する武器商人:オーウェン・デイヴィアンの監視任務中に囚われの身となってしまったという。愛弟子を見捨てる事が出来ないイーサンは、一度限りの現役を決意。仲間と共に、リンジー救出に向かうのだが……】
というストーリー。
監督は、本作が劇場用作品監督デビューとなるJ・J・エイブラハムス。
出演は、トム・クルーズ、フィリップ・シーモア・ホフマン、ヴィング・レイムス、マギー・Q、ジョナサン・リス=マイヤーズ、ミッシェル・モナハン、ローレンス・フィッシュバーン、ケリー・ラッセル、ビリー・クラダップ、サイモン・ペッグといった面々。
言わずと知れた、往年の大人気TVシリーズ:『スパイ大作戦』の映画化である『ミッション・インポッシブル』シリーズ第三弾であります。シリーズ前2作はいずれもメガヒットを記録(北米市場の劇場興収=1作目:1億8098万ドル 2作目:2億1541万ドル) 2作品とも、全米歴代興行ランキングベスト100にランクインしています。
しかし、私は本作にそれほど高い期待を抱いていたわけではありません。というのも、私は前2作の巷での大歓迎ぶりに些かの戸惑いを覚えたからです。一級のアクション大作に仕上がっていてはいながらスパイ・アクションとしてのサスペンス性に欠けた1作目、イーサン・ハントの一人舞台であり、完全にトム・クルーズの俺様映画と化した挙句、物語の細部が破綻してしまっていた2作目を、僕は <そこそこ楽しんだ> といった程度で、決して熱狂したわけではなかったのです。殊、2作目に関しては、スパイ映画らしさが希薄なイーサン・ハントの個人アクション映画といった印象で、当初の期待と比べるとがっかりした感の方が強かったといえるでしょう。そのため、3作目である本作には、さして期待することもなく、「1・2作目と劇場で観賞しているのだから、3作目も見ておくか……」といった様子でした。
この、お付き合い観賞とも言える、期待の薄さがありありと滲み出た姿勢を後押ししたのが、本作の全米での不振(製作費:1億5000万ドル超に対して、北米劇場興収:1億3000万ドル強)の報せでありました。加えて、『マイノリティ・リポート』『宇宙戦争』あたりから目立つようになってきた、トム・クルーズ神話の凋落や、映画以外の部分でのゴシップ・ニュース(トム・クルーズの奇行や、世間の顰蹙を大いに買った言動など)も、観賞意欲を喚起しない材料の一つであったことは確かです。
そういった気乗りをしない状態で、劇場のシートに体を預けたものですが、開巻早々、そんな不安要素は一気に吹き飛ばされてしまいました。
実に面白い!!
冒頭、スクリーンには、作品の終盤に近いシークエンスが映し出されます。オーウェン・デイヴィアンに囚われたらしいイーサン・ハントと、その婚約者であるジュリア。身動きのとれないイーサンの前で、オーウェンはジュリアのこめかみに拳銃を突きつけ「10秒やる。ラビッド・フットの居場所を教えろ!」と迫ります。観客は、いきなり緊張の糸が張り詰めた空間に放り出され、訳のわからないままカウントダウン・サスペンスの只中に放り出されることになるのです。
そこから時制は事件の発端まで逆戻りし、時間軸に沿った正攻法のアクションドラマに以降するのですが、冒頭で示された <時制操作演出> がいわゆる <ツカミ> として絶大な効果を示しており、最後まで緊張感と好奇心を持続したまま、その事件の全容を見つめ続けることになるわけです。
2時間を越える長尺ながら、全編見せ場のつるべ打ちと言っても良い大サービス振りに、この長雨の鬱々とした雰囲気も吹っ飛んでしまったほどなのです。
ストーリーの流れを示すドラマ部分は、必要最低限な簡素さでありながら、その縦糸は最後まで通っており、大きな破綻を見せることもありません。そのため、監督の用意した大サービスぶりを心ゆくまで堪能することができるのです。
トム・クルーズ主演のスター映画でありながら、本作はスパイ映画らしいチーム・プレーも存分に盛り込んでいるので、見応えあり。作戦の実行現場だけでなく、チームを遠方からバックアップするIMF本部の仲間の姿もしっかりと描かれており、前2作で不満に感じた部分もしっかりとフォローされています。
そんなチーム・プレーの中で、そのリーダー格であるイーサンを主人公として怒涛のアクションを描くという本作の構造は、バランスもよく、説得力もあります。縦横無尽のアクションを複数の人物の存在・役割をきっちり描く事によって補強しているわけです。
そして、チーム・プレーを見せつけるIMF勢に敵対する悪役の強烈さも、本作の大きな見所の一つと言えるでしょう。本作最大の悪役であるオーウェン・デイヴィアンを演じるのは、今秋日本公開予定の『カポーティ』で本年度アカデミー賞最優秀男優賞を受賞した演技派俳優:フィリップ・シーモア・ホフマン。一見、愛嬌すら漂う丸みを帯びたルックスを有したホフマンですが、本作での彼は実に憎々しく、背筋を凍らせるような冷徹さを体現しており、秀逸。「アクション大作の悪役演技はかくあるべし!」と言わんばかりの存在感溢れる演技を披露しており、IFM勢が束になってかかっても決してヒケをとらない様は、正に貫禄!
スターの魅力と、チーム・プレーによるサスペンス性の向上、そして、それに拮抗して余りある悪役の存在が、手に汗握るアクション・シーンをがっしりと支えており、その映像の派手さに負けていないのです。
事件の真相が意外に小さいものであって腑に落ちなかったり、その鍵を握る人物を演じたビリー・クラダップの演技が類型的に過ぎるなどといった不満はあるものの、シリーズ中で最も面白いと断言できる作品に仕上がっていたことは嬉しい驚きでありました。
観賞後、しばらくするとキレイに忘れてしまうという、典型的な娯楽アクション作品ですが、少なくとも、鑑賞中は入場料金以上の興奮に包まれること請け合いです。
故・寺山修司は、劇場で見る映画の愉しみを「暗闇の宝捜し」と表現しました。劇場の暗闇の中だけで輝きを放ち、劇場の外に出ると途端に色褪せてしまう作品というのも、また一興ではありませんか。本作のような、明朗快活な娯楽大作も、映画界になくてはならないタイプの作品だと痛感しています。
フィリップ・シーモア・ホフマンは、本作についてのインタビューで、「たまにはポップコーン・ムービーもいいもんだよ。そう、たまにはね」と発言しましたが、正にその通り。娯楽映画の王道ともいえるブロック・バスター大作、劇場で見ない手はありません!
さて、次回は、夏休み映画の中でも、本作とは対照的な単館作品にスポットを当てたいと考えています。乞う、ご期待!
また、劇場でお会いしましょう!
M:i:III
2006/アメリカ/126分/配給 : UIP映画
監督: J・J・エイブラムス 撮影:ダン・ローストセン 出演: トム・クルーズ フィリップ・シーモア・ホフマン ヴィング・レイムス ルーサー マギー・Q
2006年7月25日号掲載