久しぶりの連載再開、映画化に便
乗して「あらしのよるに」を取り上
げることにしよう。2ちゃんねるの絵本スレに「荒らしのよるに」というのがあるのを見つけて、わらってしまったよ。

 筆者は杉村ジュサブローの映画を見ずに書いているのだが、ガブの声をアテている中村獅童(なんとガブにそっくりではないか)が熱演しているらしく、12月10日封切の出だしは好調で、ヒットの兆しがある。またしても <感動> ものがヒットするのである。

 さて、この本は「あらしのよるに」「あるはれたひに」「くものきれめに」「きりのなかで」「どしゃぶりのひに」「ふぶきのあした」の6冊の続き物となっていて、2002年に一度終わっているのだが、その後、2年後に本編未収録シーンを掲載したという「しろいやみのはてで」が、そして最終話とされる「まんげつのよるに」がつい先頃刊行されている。筆者は最後の2冊を読んでいない。

 最初の本「あらしのよるに」は、ある夜、激しい風雨を逃れて丘の麓にある小屋に辿り着いたヤギとオオカミが、暗闇の中で相手の姿を見ぬまま友情をいだき、再会を約して別れる話であり、これはここで完結している。二人の再会がどのようなものになるかは読者に委ねられており、作者はいかなる保証もしていない。捕食-被捕食の関係にあるふたりがそれと気づかずに友情を育てようとするスリルがこの絵本の読ませどころであり、最後の絵で夜明けを迎えるまで、全編を通じて黒ベタの闇の中に反転で描かれるふたりの姿が、稲妻がピカッと光った瞬間、はっきりとポジになるのだが、どちらも目をつぶっていたために互いを見ることがなかったというところなど、スリル満点である。あべ弘士の描くオオカミも、この本のものがいちばん迫力があり、筆者は好きである。

 この本は1994年に刊行されたが、絵本方面の各賞をとり、口コミや紹介によってじわじわと売れるベストセラーとなったため、続編「あるはれたひに」が出るまでには2年かかっている。そこでは闇は取り払われ、捕食の関係が友情に対する矛盾としてクローズアップされる。再会した2匹は友達になり、丘を登り岩山の頂までピクニックに出かけるが、弁当を落としてしまったオオカミは、ヤギを食べたい誘惑と戦い、苦しむのである。

 3冊目「くものきれめに」以降は、いわゆる心中ものに向かって物語が動き出すことになる。オオカミとヤギが初めてガブ、メイという名を与えられるのも3冊目。二人はそれぞれの生活における様々なものを犠牲にしながら、二人の関係を育てていくことになる。

(筋を知りたくない人は、ここから先は読んではいけない。)「くものきれめに」は、メイはオオカミが現れることを心配しておせっかいをやく仲間のヤギ、タプの目からガブを隠そうと苦労する話。この本で、ガブとメイはお互いが「ひみつのともだち」であることを確認する。「きりのなかで」では、丘の岩肌を覆う霧の中で、今度はガブがメイと友達であることを仲間に隠そうとする。「どしゃぶりのひに」では、ついにふたりの関係がそれぞれの仲間に知られることとなる。お互いの様子を探るスパイの役を押しつけられ、落ち合ったガブとメイは、裏切り者の汚名を着せられることを受け入れ、峠から谷川に降りて逃げ、どしゃぶりの雨が降る中、向こう岸をめざして川にとびこむ。続く「ふぶきのあした」は増ページで描かれるクライマックス。河原に打ち上げられた2匹は山の向こうの別天地を求め、険山を越えようと吹雪の中を逃避行にさまよう。が、裏切り者を追うオオカミたちに二人は追いつめられ。ガブは追っ手を止めようと自ら雪崩に起こし、飲み込まれていく(死んだとは書いていないので、“最終話”が出ることになったのだ)。やがて吹雪がやむと晴れ間の中、メイは、山の向こうに緑の森を見つけて、もういなくなってしまったガブの名を呼ぶ。この巻にいたって、オオカミを描く絵は神々しいまでの気高いものになる。

 心中ものだとはいっても、しかし、メイがメスであるとはどこにも書いておらず(ガブは、「…でやんす」という口調からオスであると推定してもいいだろう)、二人の関係をめぐっては様々な解釈が可能なのであって、作者の木村祐一も多義的な読みを許容している。物語上はあくまでも <友達> であるわけなのだが、先述の2ちゃんのスレッドでは「ホモとノンケ」の関係だという意見が出されていて、妙に説得力があった。メイは友情を頼りにするしかないのだが、ガブは最後まで食欲から逃れられない存在であるがゆえに、メイを「うまそうだ」と毎回思っていて、それを克服することで友情に近づいていくのである。この関係は均衡がとれたものとは言えないだろう。だから、この <シリーズ> は、一貫して中村獅童の、いや、ガブの物語であると言うこともできる。(2005年12月12日号掲載)

【木村裕一】東京都生まれ。造形教室、幼児番組のアイデアブレーンなどを経て絵本・童話作家に。作品に「かいじゅうでんとう」「ごあいさつあそび」「いないいないばああそび」「にんげんごっこ」「あめあがり」など。 「あらしのよるに」で講談社出版文化賞絵本賞、サンケイ児童出版文化賞JR賞受賞。演劇「あらしのよるに」で斎田喬戯曲賞受賞。 【あべ弘士】1948年生まれ。旭川市旭山動物園の飼育係のかたわら、絵本画家として活躍。1996年、退職して絵に専念。作品に「旭山動物園日誌」「おっとせいおんど」「バナナをかぶって」「どうぶつえんガイド」「あかいとり」など。 「あらしのよるに」で講談社出版文化賞絵本賞、サンケイ児童出版文化賞JR賞受賞。「ゴリラにっき」で小学館児童出版文化賞、「ハリネズミのブルブル」シリーズで赤い鳥さし絵小受賞。

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