text/ 高梨 晶
 

馬オンチである。といっても、なんと競馬ムックの編集をしていたこともあるのだから人間というのはわからない(インコ殿、当時はお世話になりました)。もちろん当時はもう少し知識があったし、府中にも大井町にも足を運んだことがあるのだが、今となっては競馬中継があってもチャンネルを変えてしまう。だから先週末(11月26日)のジャパンカップできちんと優勝したディープインパクトが今年(2007)の有馬に出るのかということさえ知らないのだが(たぶん出るのだろう)、この馬の華々しい勝歴を見ていると、「みどりのマキバオー」のカスケード号とダブッて見えてくるのである。あの漫画を読んだ人間なら誰でもそうじゃないだろうか。

 ストーリーはごくオーソドックスなスポ根もので(この漫画も「少年ジャンプ」連載なのだ)、とても馬には見えない主人公のマキバオーが天性のスタミナ(心臓が大きいという両刃の剣的設定)と努力、ネズミのチュウ兵衛らの友情によって、日本を代表する競走馬として成長をとげていくというものである。

 異様な体型上の不利(というか、そりゃ無理だって! なにしろ犬ほどの大きさしかないんだから。この異様さはあながち漫画表現上のデフォルメではなく、ストーリーの序盤では、ロバとの掛け合わせではないかと疑われている)を克服するために、騎手山本管助(そういえば、この漫画はなぜか戦国武将の名前だらけなのだ)や流れ者のチュウ兵衛によって鍛えられ、モンゴルに渡って側体歩(前後の足を同時に動かす)という走法をおぼえたり、騎手と一体化して激しいデッドヒートを演じるきつつき走法を編み出し、「白い奇跡」と呼ばれるようになったりするのだが、生まれや体型のために競走馬の世界から隔離されるというのは、わりと最近の映画「レーシング・ストライプス」でも同じだし、漫画にしても映画にしても、身体的なわかりやすさを設定に盛りこむことによって競馬を知らない読者や観客の共感を得るしかないのだろう。これが競馬ジャンルのマイナーさゆえんなのかも。競馬ファンはゼッケンをつけてなくても全部の馬がわかるのかしらん。(この漫画の連載時は大変な競馬ブームで、いくつも競馬漫画が存在したし、競馬場がデートコースになり始めたりした)

 
        
   競  競  描    
   馬  馬  写    
   サ  周  の    
   |  辺  キ    
   ク  の  タ    
   ル  ダ  ナ    
   の  |  サ    
   閉  テ  と    
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   表  減  稽    
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   か          
    ゜         
         
                 
                 

 

うしたことから、この漫画を嫌う競馬ファンというのも少なからず(?)存在しているようで、それはそれで当然だろうと思う。「マキバオー」が面白かったと思っている筆者にしても実際の競馬に興味はないのだし、なによりもこの漫画の絵はとても万人向けとは言いがたい(競馬場の観客はなぜか全員同じ顔で、しかも裸である)。マキバオーの本名はうんこたれ蔵というのだからヒドイ(「トイレット博士」以来のストレートさではないだろうか)。

 異常な体型があながちデフォルメではないと上に書いたが、それが証拠に、平気で(ヌイグルミのふりをさせられて)新幹線や飛行機に乗ってたりするのだから荒唐無稽もいいところである。てゆか、「んあ〜!」「…なのね」が口癖のマキバオーは人間と話ができるのだが、何の説明もないのだ(もっとも、人間とのコミュニケーション描写は意外ときめ細かく注意が払われていて、はっきり意思疎通していると言えるのはマキバオーとチュウ兵衛と調教師と騎手だけのようにも思える)。こういった描写のキタナサと荒唐無稽な設定は、しかしながら、競馬周辺のダーティさ加減(いくら女の子が競馬場に出入りしはじめたといっても、大半の客はおっさんだし、大井は酒臭いし、しょせん高射幸なギャンブルなのだ)と競馬サークルの閉鎖性(覚えようと努力してもいまだによくわからない)をそのような形で表しているようにも思える。

 さて、カスケード号の話に戻るが、サンデーサイ「デ」ンスを父にもつこの馬は、マキバオーの最大のライバルであり、自らの出産のために母馬を死なせたことから、感情を捨て、ひたすら最強を目指すクールな天才馬であった。圧倒的に強い孤高のエリートとしてマキバオーの前に立ちはだかり、無敗をうたわれる。しかし後半でマリー病に蝕まれ、凱旋門賞に敗れるあたりから暗雲がたちこめだし、ついに有馬記念でマキバオーに負けてしまう。あのカスケードをそんなにたやすく倒せるはずがないと信じこむマキバオーが、カスケードを数馬身も離しながら、鼻の差で先行するカスケードの <影> と激烈な競走を展開するシーンは、まぎれもなく、漫画における忘れがたい名勝負のひとつであろう。漫画でしかできない手法による描写がストーリーと渾然となって読者の想像を超える瞬間である。ああ、思い出しても泣けてくる。多くの読者は、また、チュウ兵衛の死で涙を流したと言われるが、これも非常にオーソドックスである。ところでチュウ兵衛の原型は、川崎のぼる「いなかっぺ大将」のニャンコ先生ではないのか。

 さて、競馬漫画を少年ジャンプの友情努力勝利に物語に書き換えたものの、血統のスポーツである競馬を題材にするかぎり、安易な貴種流離の設定は使えないし、どん底の血統から這い上がるという設定も現実的ではない。読者はうろおぼえで「父はロバだっけ?」などと思いがちだが、実際には父はタマーキン(=凱旋門賞馬トニービン)、母ミドリコ(設定上の秋華賞馬)、母父マルゼニスキー(=マルゼンスキー)という血統で、これは実在のダービー馬ウイニングチケットにあたる。カスケードを継ぐ最強馬と目される、マキバオーの半弟ブリッツというのが出てくるが、これは父サンデーサイデンス(サンデーサイレンス)、母父マルゼニスキーという血統であり、これは実在馬スペシャルウィークと同じ血統である。ほか、他の馬に挑発されて怒り狂うこともある気性の荒いニトロニクスという馬は父プレゼントクレヨー(=プレザントコロニー)、母グリセリン、母父ジュンチャンデリーチ(=ジャッジアンジャルーチ)とされている。プレザントコロニーの血統は大レースでの勝負強さが売り、ジャッジアンジャルーチの血統はパワー充分も勝負どころでの詰めの甘さが難点──だそうだ(このへん、全部受け売り)。

 
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どりのマキバオー」のもうひとつの魅力は豊かなライバルの設定にある。

 マキバオー、カスケードと三強の一角をなすアマゴワクチン(函館記念・神戸新聞杯・菊花賞を勝ち抜き、悲願の三冠を達成する)。

 チュウ兵衛の良き理解者であり、マキバオーとも親しくなる牝馬アンカルジア。

 経営難の牧場生まれであることから、あらゆる手段を用いて勝利しようとする浪速の超特急モーリアロー(アマゴワクチンも彼の罠にかかり骨折した)
は、マキバオーに抜かれ、牧場主と再会して改心する(アニメの声優は山田雅人だった。笑)。

 強い馬をマークし、ギリギリで差す戦法から「ヒットマン」の異名を持つサトミアマゾンは、地方で10戦10勝した後に「俺たち公営は中央の2軍ではない」「中央で活躍して船橋に客を呼ぶ」という志を持っている。実際、船橋競馬場にはサトミアマゾンの登場場面が展示されている(というのだが、未確認)。

 長距離に高い適性を持つ牡馬トゥーカッター。

 イギリスダービー、キングジョージ、凱旋門賞を無敗で制し、ドバイでマキバオーを圧倒した海外の最強馬エルサレム。この馬は飛行機事故に遭って砂漠を漂流したが、伝説の競走馬ジェネシスの血を飲むことでその血を継いだという。

 ……後半、マキバオーたちの海外遠征が始まると荒唐無稽さにさらなる磨きがかかり、これくらいの挿話は全然気にならなくなる。荒唐無稽そのものとして圧倒的な存在感を放つのは、九州産のベアナックルという鹿毛馬である。ダービーでは出遅れてしんがりに位置するも根性で3着。京都新聞杯ではスタート直後に騎手を落馬、それを知らずに先頭でゴールイン。菊花賞では「外埒蹴り」に失敗して股間を埒に激突させ、競走中止。海外遠征に勝手に付いていくも、トランジットのシンガポールで置いてけぼりをくらい、ドバイまで泳いで渡った。途中、猫の大群に襲われたり、モリを背中に刺されたりしている。海外遠征後はWWF名誉会長となり、活躍の場を海外に移して親善大使的な活躍を見せ、行く先々で様々な動物たちを子分にしている。

 まさにありえない馬なのだが(この馬は、完全にすべての?人間と意思疎通している)、こういったものと正統スポ根的感動が同居しているところが、この漫画の魅力なのである。後半の展開は、例によってのジャンプ編集部と作者との軋轢を意味するものなのかもしれないが……

(高梨・C・晶)
2006年12月04日号掲載

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   こ  正  ベ    
   の  統  ア    
   漫  ス  ナ    
   画  ポ  ッ    
   の  根  ク    
   魅  的  ル    
   力  感  と    
   な  動  い    
   の  が  う    
   で  同   ┐   
   あ  居  あ    
   る  し  り    
    ゜ て  え    
      い  な    
      る  い    
      と  馬    
      こ └     
      ろ  の    
      が  登    
       ` 場    
         と    
              
         
                 
                 
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