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text & midi/青木重雄

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エッソ・トリニダード・
スティールバンド

 

 

 スティールドラムをご存じでしょうか。もともとはトリニダード・トバゴの海岸に捨てられていた石油会社エッソのドラム缶 を加工して作られた楽器。ドラム缶のてっぺんに溝を切って数個の音階が出るように加工、先にゴムを付けたバチで叩いて演奏する。エッソのドラム缶 は他社よりも厚めに作ってあり、そのまま叩いてもいい音がした、というちょっといい話も残っている。トリニダードでは国民的楽器であり、プロ、アマチュアを問わず多数のスティールドラム楽団が存在、このエッソ・トリニダード・スティールバンドはエッソがスポンサーになっているナショナルバンドだ。

 このスティールドラム、昔打楽器の師匠宅でこっそり叩いてみたが、不思議な魅力のある音で、何といったらいいだろう。身近にあるものを叩いたら意外といい音がしたときの感動に似ているかもしれない。最近の電気釜は厚手に作られているので、うまく叩くと「こおおおおんん」といういい音がしてつい洗い物の手を休めて遊んでしまう(けらえいこは『あたしンち』でそういうのを「プチ風流」と形容していた)。私の師匠が昔こんな話を。「今度の曲はフライパン使うからな(どんな曲だ)、バチ持っていってええ音のするやつ選んできたんや」。迷惑な・・・。で、まあこういうのは本人は楽しいのだが、傍から見るとただの行儀の悪い仕草にしか見えないので、小さい頃はよく叱られた。実は今でも叱られる。でも身近ないい音に出会うと結構嬉しい気持ちにならないですかね。なりませんか?そういうちょっとノスタルジーを刺激するようなサウンドをスティールドラムは持っている。

 このエッソ・トリニダード・スティールバンドは23人編成。演奏者はパン・マン(スティールドラムはスティールパンとも言う)と呼ばれる。60年代後半、バーバンクサウンドと言われるエキゾチック指向の音楽で知られる、ヴァン・ダイク・パークスが彼らのサウンドを聴き、1971年、このアルバムをプロデュース。選曲もジャクソンファイブ、ポール・サイモンからハチャトリアン「剣の舞」までと親しみやすい(パークスはその後アルバム『ディスカバー・アメリカ』を発表。カリプソやソカに影響を受けたそのアルバムは今でも名盤として人気がある)。パークスがこのアルバムを制作したのは今まで金銭的に恵まれなかったカリビアン・ミュージックの作曲者に印税を発生させるため、という意図もあった。当時ハリー・ベラフォンテやマイティー・スパローなどがアメリカ国内で活躍していたが、その作曲者への印税は一切支払われていなかったという事情があったからだ。

 このアルバム、10年前水戸の中古盤屋で5000円でゲット。ちょっと鼻が高かったが、自慢する相手もないまま、極個人的な愛聴盤として部屋の飾りに。しかしその後CD化され、オシャレな音楽として雑誌でもよく取り上げられるようになった。最近のCanCamでは「カレの作ったCD-RにはFRONTの曲が(イケてるというほどの意味らしい)入っています。ジャクソン5「GreatestHits」、ライツ「Free Soul」、エッソ・トリニダード「スティールバンド」と紹介されていた。Free Soul Lightsというコンピレーションだ。Esso TrinidadSteel Bandだ、ばかもの。というおっさんのつっこみを入れつつ読んだ記憶が。

 とはいえ、近年これほど邪気のない幸せなアルバムはなかなか見つからない。これを欧米人がどう聴くかはわからないが、日本人の私にとってこのサウンドはある種の懐かしさをともなう。子供の頃、町工場が集まる地域から聞こえてくる金属を叩く音。様々な音程とリズムが重なり合い遠くから聞こえてくるその音から、聴き慣れた音楽が生まれてくる感じ、と言ったらいいか。

 このスティールドラムの音楽、日本ではヤン富田率いるアストロ・エイジ・スティール・オーケストラが一番良質で愛情に溢れている、と思う。軟弱だけどね。彼は80年代に一度このバンドに弟子入りしスティールドラムを学んでいる。しかし、このエッソ・トリニダード・・・の圧倒的な南国感、迫力はほかのものには代え難い。この夏、ぜひ大型CD店のワールドミュージックコーナーで「カリプソ」「スティールドラム」「トリニダード」あたりを探していただきたい。とりあえずその100分の1でもわかっていただけるように、収録曲ジャクソン・ファイブの「アイ・ウォント・ユー・バック」を。MIDIで再現できるものでは絶対ないのだけれど、雰囲気だけでも味わってください。

 

 


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