●お気づきのことかとは思いますが、前々回の文中の「●またある人は、ネットによって従来型のテキスト(論文や評論や小説といったもの)の形式は、その歴史的役割を終えて、新しい形式に置き換えられていくのではないかと語った。」というのは、貴方のことです。
★確かに こんな風なことは考えていましたが,文字で読むと大変偉そうですね,ちょっと ビックリしました.
●確かに、こんな風に抽象的な文章にされると印象が随分変わってしまうかもしれませんね。
●そのこと自体が、文体の問題を孕んでいるかもしれませんね。
●そこで、貴方がこのことについて考えているところなりイメージしているところなりを聞かせてもらえるとありがたいのですが。いかがでしょう。
★私にはまだ語るべきものはありませんが,せっかくなので,メモ書き程度に書いてみます.何かのヒントになれば幸いです.ほとんどが もう既に世間に出ているアイデアとはおもいますが.
★その人の名前を思い出せないのですが,優れた編集者がいて その人が雑誌の対談をはじめて企画し,ヒットしたそうです.雑誌発行には定期的に大量の原稿が必要で,それまでの論文形式では 原稿が不足して それを補うため かつ 読者の興味を抱かせるような内容のある原稿を大量につくる方法として 対談という方法が生まれ定着したのだと思います.
●貴方は、私にメールマガジンにふさわしい文体として、以前から対談形式を奨めておられました。座談会という形式が、日本の雑誌に独自のものであるということを、私もつい最近聞いたところです。
★本が 「偉大な個人」の主張の伝達ならば 雑誌などのマスコミは「一般読者の代表」の取材と言えるのではないでしょうか.で,ネットは ?「平凡な個人」の主張に経済的価値があるのでしょうか.
主張 → 取材 → ?
●本=「偉大な個人」の主張、雑誌=「一般読者の代表」の取材、ネット=「平凡な個人」という風に対応するわけですね。そして、「平凡な個人」の主張(例えば電藝!)に、経済価値などないであろうと。それでは、ネットは、「平凡な個人」の何だと考えられるのでしょうか。
★利用 という概念はどうでしょうか.カラオケのように普通の人が歌を歌うときに利用するものとしてのカラオケ.サンプルであり手本であり素材集であり, こんな感じのものがうまく提供されると経済的に成り立つような気がいたします.
「偉大な個人」「一般読者の代表」「平凡な個人」
主張 → 取材 → 利用
書籍 マスコミ ネット
●確かに「利用」というキーワードを考えたときに、私がマグマグで利用しているメールマガジンの性質をよく表しているように思えます。ネット上には良かれ悪しかれ「平凡な個人」がたむろしているわけですから、そうした人たちの「主張」にいちいち耳を貸している時間的余裕はないという気もいたしますね。したがって「有用」であることと「簡潔」であることが重宝されることになる。
●ただしかし、ふたつのことが気になるのですが、ひとつは経済価値ということです。問題は、経済価値があるかどうかということでしょうか。確かにメールマガジンですら、広告を掲載することによって成立する部分が増えてきているわけですが。
●もう一つは、「偉大な個人」「一般読者の代表」「平凡な個人」というヒエラルキーは分かりやすいことは確かですが、それ自体は、これまでの価値観を少しも揺るがすものではないように思うということです。つまりそれ自体には、変化という要素はないのではないか。
●まるでセレブリティが高級レストランで高級フランス料理を食べ、庶民はインスタント食品を食べれば良いとでも言うようだ、と書けば少し比喩がおかしいでしょうか。最近はインスタント食品も美味しいし、百貨店の地下のお総菜もよくできているので、そういう商品の開発は庶民を利するものであるのかもしれませんが。
★「ネットで流通するテキストの形」とは「経済的に成り立つ」を前提にしています.自分の思いを主張するのに制約はありませんが文字を使って人からお金をいただくのは難しいわけで,受け手がすんなりお金を払えるテキストの形に私は関心があります.
★「テキスト」を「データ」に置き換えると音楽や画像,映像などもその範疇にはいるわけで,ネットにおけるデータ配信事業はいま事業欲のある方は最も熱いテーマでもあるとおもいます.
★さらに前提がつきますが,大きな経営資源をつぎ込む事業についてはこの場ではふさわしくないと考えます.それゆえ 個人やグループ主催の商用ネットマガジンは可能か,が私のテーマです.
★テキストの配信事業を概括すると まず本があり 新聞や雑誌が生まれました.不定期な発行から定期刊行になった訳で,経営的には安定します.しかし,毎日大量の文章を作り出さなければいけません.そこで 生まれたのが「取材」ではないでしょうか.
★世間で注目を集めている人が自ら文書を書くよりもインタビュー記事を載せる方が簡単ですからね.そこで取材記者が大量に生まれる訳です.
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text/金水 正
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