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あの夜はしたたかに飲んだ。 そうだとして、では、塚本敏雄の第一詩集『花柩』から第二詩集『リーヴズ』への移行とはどのようなものであるというのか。そして、そのことがいまの時代の思潮の流れとどのような関係があり、それが『リーヴズ』の「分かり易さ」とどのような関係があるというのか?
「分かり易さ」について、多くの説明を必要とはしないだろう。塚本敏雄の『リーヴズ』から、私はあるひとりの父の姿を想像してみることができる。そしてその父の日常の姿を想像してみることができる。父には娘がいて、時に父はその娘を連れて、プラネタリウムに通う。気圧の低い日には二の腕が痛み、家電売場のテレビ画像に自分の顔を見たと思い、濃い髭の、頭髪との生え際に毎朝指を迷わせ、時には市役所に届けを出しに行き、娘の成長に思いを馳せ、妻の術後の経過に心配する。取り返しのつかないものに、不条理を感じながら、受け入れざるを得ないものを、受け入れようと決心する。想像される父親の姿の向こうに、私たちは、自分たちの人生のの機微を納得させられるように思う。決して声高な「大きな物語」ではなくても、生きているということを記しづけるようなもの、すなわち「詩」が、語られようとしているように感じられる。
しかし、それではあまりに凡庸ではないか。「大きな物語」に「詩」すなわち「小さな物語」を置き換えること?そのような「詩」=「物語」は、大きかろうが、小さかろうが、物語である限りにおいて、私たちを私たちの真の「生」から遠ざけるイデオロギー装置として機能するだけのことではないのか。それは、次のような意味あいのことだ。古くから「物語」は、人々に生の意味あいを与えてきた。「生」は、とりわけ理解を超えて予期せぬ天変地異や疫病に見舞われた古代の人々にとって、しばしば過酷なものであった。例えば愛する幼子を失った母親にとって、その子が神に召されたという物語は、受け入れがたい喪失に意味を与え、慰めを与えるものとなるだろう。しかし、そのような物語は、真の課題を隠蔽する手段ともなるだろう。(子が失われたのは、流行病のためであり、充分な栄養を与えてやることができず、流行病を蔓延させた生活環境のためであったかもしれない。)
ポスト構造主義は、故なく「物語」を破壊しようとしたわけではなかった。「物語」は、例えば「国民国家」という物語は、社会を機能させる上で有効な働きをもっていたから存在していたのだ。「小説」や「詩」すなわち「文学」も、そうした近代国家を成立させるうえで有効に機能したからこそ、その存在を認められてきたのだ。しかしながら、社会がある段階を超えて複雑さを増したいま、それらの「物語」は有効に機能しなくなってきてしまったのだ、と宮台真司は語る。さまざな制度の機能不全と権威の失墜は、そのことをこそ意味している。いまや社会は「強度(アンタンシテ)」を求めている。したがって「物語から強度へ」「意味から体感へ」が新しいポスト構造主義(この場合はドゥルーズ的な)のテーゼとなると。
しかし『リーヴズ』の塚本敏雄が行おうとしていることは、デリダ的なポスト構造主義でも、ドゥルーズ的なポスト構造主義でも、いわんや新しい歴史教科書的な誇れる物語の復興でもない。
父が、いつも幾分夢見がちであったことを思いだそう。父は異郷を夢見て、異郷のものと交信しようとしていた。異郷とは何か?それは、一条の光となって飛んでいる私たちを絡め取る理=言割りだ。詩集『リーヴズ』の最終詩である「リーヴズ」の塚本敏雄は、第一詩集の塚本敏雄に近い。ここでの塚本は、ある抽象的なレベルにおいて、われわれの存在を条件付け、規定しているものを掴もうとしている。その抽象的なレベルとは、ジジェクによって批判されたポスト構造主義者の、メタレベルは存在しないといいつつ自らを位置づけていたメタレベルであったかもしれない。それは塚本敏雄についていえば、「詩」という許された環境であったのだと思う。つまり第一詩集の塚本は、特権的な言葉を信じず、さまざまな言葉を混ぜ合わせることが出来るという前提の下に詩を構築していたが、にもかかわらず、「詩」という特権的な言葉を信じていたのだ。第一詩集の塚本は、まだ「詩」の言葉を抽象的に信じていたのだ。「リーヴズ」の最後に塚本はこう書く。
野の空に吹く 視えない網
捉えられたのち ぼくたちは目覚める
ここはどこだ?
一条の光となって、かりそめともいえる生をそれとして生きることが夢見ることであるのか、理=言割りに絡め取られることが夢見ることであるのか(夢見ることとは、すなわち詩を書くことだ)、その関係は反転し、一義的に決定しづらい。このポスト構造主義的な「詩」との関係(つねに両義的な意味を喚起する)は、第二詩集の塚本がそれでもやはり「詩」の位置を信じ、夢見ることの特権を行使することを表している。しかし、ここで表明されている「詩」の位置を、第一詩集から隔てているもの(そして第二詩集の塚本が達成しようとしているもの)は、「空」との微妙な位置関係だ。
空
数字を使って話すと何となく
偉そうな感じがするのはなぜだろう
一九九七年の日本の出生率は一・七
高校生用の英和辞典の収録数は約五万
数字自体はたいした意味はない
と思うのだが
妻の手術が終わったあとで
医師の説明を聞く
リンパ節への転移がみられれば
生存率は五十%
さきほどまで
切り取った肉塊を私の目の前で裏返しながら
いくつかの箇所をさしていた指で
数値を示しながら医師が言う
見られなければ九十五%です
私は懸命に数字を頭に入れながら聞く
だけど
生存率っていったい何のことだ
現在の私の生存率は?
誰のそれであっても
百%ではない
はずではないか
もうすっかり夜になって
手術を終えた妻が眠る部屋の
窓の外には
まるい月がのぼっている
遮るもののない夜空に浮かぶ
冴えざえとした月のあかり
おっしゃるとおりです
もちろん二十%であっても再発すれば
その人にとっては百% 逆に言えば
九十%であっても 再発しなければ
その人にとっては〇%だったことになります
中空に差し伸べられた手の先が
何も掴まないままに力を込められていき
細かに震えている
その手の向こうを
ひとはすでに空と呼ぶのだろう
中空に差し伸べられた手は、妻の手だろうか?妻は術後のまだ朦朧とした意識の中にいて、父はそれを薄暗い部屋で見守っていたのだろうか?その手は、いったい何に差し伸べられているのだろうか?いったい何を掴もうとしているのだろうか?
私は差し伸べられた妻の手を美しいと思う。そして、この手なくして、「空」は存在しえない。
私は塚本敏雄と共に、夢見ることの特権を、詩の存在を、信じたいと思う。
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