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●イノシシ(猪)は芦屋の駅前にも大学の構内にも居て、近年下山の傾向があるように思う。山林の乱伐等で生態系に変化があるのか。『動物裁判』(現代新書)や「ハンニバル」を見ると、かつての野性豚は、相当に獰猛であることがわかる。鍋にするとボタンの華。落語では「池田の猪買い」が有名。

●ノミ(蚤)のサーカスというものがあるそうだが、どこで誰がやっているんだろうか。蚤を手なずける事が可能だとしたら凄いことだ。フリーマーケットは「蚤の市」で、「flea market」の意。ウッディ=アレンは誰と結婚しても蚤の夫婦。

●オオサンショウウオ(大山椒魚)は特別天然記念物で、季語としては「夏」。粘液が山椒の匂いに似ているそうだ。「半割(ハンザキ)」とも云う。カブトガニ(兜蟹)は天然記念物であるが、昭和40年当時小学校で飼っていた。同じ天然記念物でも「特別」が付くとそれも無理か。

●クモ(蜘蛛)は何故か知的で女性的。「スパイダーマン」ではどうにも情緒に欠ける。東大阪市内では今だに「セアカゴケグモに注意」という紙が張ってある。蛸にも足が八本あるのだが、内二本が「手」説というのは面白い考え方だと思う。二箇所のみ腋で後は股。たこ八郎に便乗してイカ十郎という芸人が居たが、クモ八郎は出ない。あ、それがスパイダーマンか。

●ヤギ(山羊)料理は沖縄では比較的定番で、大阪でも大正区の「おもろ」で食べられる。臭みと歯ごたえが旨い。那覇でも山羊専門店に行った。栃折久美子女史が日本に紹介した洋式造本術(reliure)には、モロッコ革が欠かせない。ベルギーなど欧州では、半装半裁の書籍があって、その束を糸でかがり、返しや花布を付け、表紙を張る。モロッコ産の山羊革は鞣しが良いのか、ハードカバーの上質の表紙材である。

●マメホコリカビ等の粘菌について、南方熊楠は「原生動物」である、と主張した。昭和四年に昭和天皇に進講する為にやりとっていた、宮城内生物御研究所の服部広太郎博士は「動物」では困るという。しかし、熊楠が普段見ている粘菌というものは、変形体を成し、補食をするのである。人間が勝手に引いた線など、生物(学)の本質とはあまり関係ないということを象徴する話。学問の基本は「分かつ」ことにもあるのだから、未だに熊楠の問題提起は生きているといえる。

●ケムンパス(毛虫)は、ニャロメと共に落書き時の定番キャラクターであった。先日カイマ見た秋山豊寛氏は、なぜか赤塚不二男にそつくりであった。小拙は何故かアカツカ先生の思想哲学が大好きである。赤軍はニャロメをトレードマークに使っていた。

●ブタ(豚)を一家全員で潰して、腸詰にしてゆく一部始終を「国立民族学博物館」のビデオテックスで見た。祖父母、父母、そして子供たちの全員が手伝っての丸一日仕事である。血まで腸詰にされるその豚には、愛称まで付けられていた。ドイツの一農家の映像であるが、日本人に今一番必要な教養はそうしたことの奈辺にあるように思う。倉本聰が富良野塾に来た都会人に「今日の晩飯」として鶏を一羽ずつあてがったが、誰一人として手を出せなかった由。

●コムスメ(小娘)は猫の様に大人しく、凛とした生き物の筈だった。誰が何の権利で電話の携帯を許可し、公の電波を使用して汚い日本語を飛ばすことを許したのか。莫迦だなあ、全部盗聴されてるのに。誰が何の権限であ奴らに参政権を与えるのか。

●エゾリス(蝦夷栗鼠)など、「蝦夷」の付く動植物は、本土のものよりも総じて大きいのだそうだ。蝦夷菊、蝦夷松、蝦夷蝉などはその一例。宇土巻子さんにお聞きした。

●テング(天狗)には大天狗と烏天狗とが居り、今日では京都・鞍馬山にしか居ない。橋の上で牛若丸にやられるのは嘴のある烏天狗である。落語「天狗さし」(桂米朝)では、この烏天狗を捕らえて「すき焼き」にしようという、滅法面白い話。

●アリクイ(食蟻獣)には歯が無い。その代わり、掘るための手と爪の形状が蟻の巣型をしている。それで崩して舐め取る。アリクイは蟻よりも強いのであるが、蟻が居なくなればアリクイは死滅するのか。奈良で鹿煎餅を売っている人と同じか。

●サイ(犀)の鎧とマルムシ(ダンゴムシ)の身体の節の形状は、縮尺すれば似ている部分があるように思う。パ−ツは堅牢なのであるが、蝶番によるジョイントによってすばらしい柔軟性が生じる。「ウチの妻(サイ)がネ」「君とこサイ飼うとんのか」という、いとこい漫才も今ではもう聞くことができない。

●キリン(麒麟)は怪獣「ドドンゴ」にそっくりである。ドドンゴを見ると、どこかに麒麟が実在するような錯覚をしてしまう。ま、麒麟を真似てドドンゴを作ったのではあろう、が。キ?????リンビールの意匠である麒麟は非常に美しい。中国の何という書物を出典にしているのであろうか。豚児は常に麒麟児に負ける。

●ユキオンナ(雪女)に会ってみたい。あの(どの?)溶ける様な白い肌。「雪見だいふく」のアイスクリームを全身で食べる様に拉致されたい。想像しただけで怪獣「ウ−」の前に立った様に、世界中が真っ白になるのであった。

●メメクラゲ(メメ水母)は、『ねじ式』に出る毒クラゲ。これに刺されたのが原因で、確か眼科の女医によって二の腕にねじ(蛇口)を付けて貰わねばならなくなった。つげ氏の原稿では「××クラゲ」としたが、『ガロ』の編集者が間違って気を効かせて「メメ」とした由。

●ミンククジラ(meinke鯨)は何故十全に食べられないのであろうか。「クジラ食文化を守る会」の会長であった秋山庄太郎氏の死去で、今年の一月から真打の小泉武夫先生が同会会長に就任している。『クジラは食べていい』を読むまでもなく、鯨食文化は必ず復活されなければならない。

●シカ(鹿)は紅い紅葉の下に居る。振り返って若草山でも見ているのであろうか。猪と蝶とがセットになると「イノシカチョー」という役が付く。拙宅ルールでは十点分の役である。猟師の尻皮には普通の鹿より、カモシカ製の方が撥水性が高い。落語では「鹿政談」が有名。

●エイ六輔は、自分の姓と同じ音の「エイ」をコレクションしている。また「エイ」という実姓が存在する限り「容疑者A」とか「少年A」と呼ぶのは配慮に欠けるのではないか、と主張している。尤もな意見だと思う。マンタというエイは本当は滅多に見られないものではなかったか。

●ヒト(人)は誰もただ一人旅に出て 人は誰もふるさとを振りかえる ちょっぴり淋しくて振りかえっても そこにはただ風が吹いているだけ 人は誰も人生につまずいて 人は誰も夢破れ振りかえる。(北山修「風」より)

●モモンガ由美は何故ロデオマシンに乗っていたのであろうか。マットーヤ毛平は何故あんなに小さいバイクに乗っていたのであろうか。人は何故セグウェイに乗らなければならないのか。小拙は何故腹上死し損なったのであろうか。

●セミ(蝉)は矢釜しい。拙宅の付近では主にクマゼミという、見た目も鳴き声も全く情緒に欠ける奴である。狭い拙宅ベラン?8???8?? ?φ?8??ダに生えている木にも、「シャンシャン」とうるさく、大阪には雄蝉ばかりかと思ってしまう。広辞苑によると、ヒグラシは「かなかな」と、ツクツクボウシは「おおしいつくつく」と鳴く。大阪でもその人達に鳴いて欲しい。それでも蝉の成虫は数日間の命で、あれだけの大群の死骸をほとんど見かけないのが不思議である。セミクジラは「背美鯨」で背中美人であった。

●スッポン(鼈)料理には「丸鍋」というものがある、ということは聞いて知っている。京都の「大市」という家のが最高に旨い、ということも聞いて知っている。スッポンのことを「どろがめ」とも呼ぶということは広辞苑で引いて知っている。人生幸朗は生恵幸子に「この、ドロガメ!」と言われて、笑いながら「おかあちゃん、ごめんちゃい」と言う。(完)


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