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 しかし、立ったまま湯を汲み出して身体に掛ければ、キッチンに置いてある洗濯機の排水ホースを浴室に引いてある所為でドアが完全に閉まらないから、水撥ねが気になって仕方がない。しかも、今夜は春だというのに冷える。今時、トイレが一緒というのも気に食わない。この部屋の構造や、内装から様々な小物に至るまで、何から何まで気に入らない。
 なのに、僕は此処に居る。
 家に居ても、知らぬ間にこの部屋で寛ぐ姿を、夢想している。
 身体に嫌悪感のある僕は、執拗に掛け湯をして、肌が赤くなるほど擦って洗わなければ気が済まない。洗って、洗って、胸なんかちびて無くなっちまえ。思い通りにならないことなどもう慣れっこのはずなのに、風呂に入るたびに思い知らされる。

「ナイト……。」

 彼女が後ろから抱きついてきて、我に返った。僕は、放っておくとすぐに自分の世界に沈んでしまう。
 普通なら盛り上がるシチュエーションなのだろうが、太っている彼女の腹がボクの尻に当たって、密着とは程遠いことが滑稽でもあり、哀しくもある。しかし、僕は嬉しかった。

「入るよ。君もちゃんと洗えよ。」

 素気無く言い放つと、さっさとバスタブを跨いで湯に浸かった。
 どこまでいっても素直じゃない自分に嫌気が差したが、もうそんな物言いでは彼女もめげなかった。慌てたように身体を洗い始めた。そんなに急がなくても僕はもう逃げないし、それより、もっと綺麗に洗って欲しい。だが、彼女は瞬く間に洗い終えると、バスタブをよいしょと跨いだ。
 僕が除けないと、彼女が浸かれない程の狭いバスタブだ。わざと除けずにいたら、困った顔でそこに佇んだ。下から見上げる彼女の腹は、やはり迫力があった。そして、僕よりも十五も若い彼女の肉は、張り詰めていた。水を弾くその肉の下で扇状に拡がる陰毛は、先ほど彼女が言っていたように以前より濃くなっているのだろうか。僕には、判然としなかった。6ヶ月前の彼女の陰毛の濃さなど、覚えちゃいなかった。

「足、拡げろよ。」

 黙って、バスタブの縁に尻を預けると、大きく開いた。
 僕はそれを更に僕の胴ほどもある片足を持ち上げて、押し開いた。
 お互い、ここまでになるには相当の期間を要した。僕は僕で、ジェンダー・アイデンティティに問題があり、彼女はまた、自分の容姿に自信が持てない。そんな困り者同士でセックスを始めても、最初の頃はどうにも巧く行かなかった。身体を見せ合うことすら、儘ならなかった。
 それがどうだ。半年振りだというのに、喜んで足を開いているではないか。僕は、密かに感動していた。彼女を此処まで変えたのは、他ならない僕だから。
 そして、僕を変えたのも、彼女である。
 それは、彼にすら出来なかったことであった。

「ナイト……。」

 僕はまた、彼女の声で我に返った。
 僕は沈思しながらも、夢中で彼女を貪っていたのだ。恥ずかしさが込み上げて来た。

「ほら、浸かれよ。」

 僕は口を拭うと、身を縮めて、彼女の浸かる場所を作った。

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2009年6月1日号掲載

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