だが、それでも彼女は少なくとも僕のことを男として扱ってくれる。
彼女だけは理解してくれている。
僕にすればそれだけでも、彼女を拒絶することなど出来ないはずなのに、つれない態度を取り続ける。崇めつつ、貶める。僕のキャパシティは虫けらの脳みそほどしかなくて、すぐにオーバーフローしてしまうから、いつもパニックに陥っていて、その所為で彼女をも混乱させてしまう。
何が善で、何が悪なのかは、人それぞれだと思いたい。
そう思いたいが、呵責に堪えかねているのも抗えない事実だ。安定を求めるのなら、今すぐ彼女と別れて僕の居るべき場所に戻ればいい。抜け殻になって心を閉ざしたまま、残りの人生を人知れずひっそりと生きていけばいい。でも、僕はもう彼女と知り合う前の僕には戻れない。ジェンダー・アイデンティティの相違に気づかない振りをして生きていた頃の僕になど戻れない。僕を男として開眼させてくれた彼女の下を離れられない。僕は、切に彼女を欲している。
彼女が僕の下で、喘いでいる。
僕が押し拡げた箇所から、透明な雫が零れている。
昼間のように明るい二連サークル蛍光管に照らされて、キラキラと輝いて見える。
「ねえ、濡れてるよ、すごく。感じてる?」
「うん、すごくいい。いい……」
僕は雫の源泉にくちづける。
そして、深く、深く、舌で繋がる。執拗に、何度も、僕の心行くまで、挿し入れる。僕が、鼻まで埋もれるほどぐいと挿し入れたら、彼女がまた喘いだ。僕は、その声に、その雫に、その匂いに自分も濡れる。いつも、彼女以上に、切ないほどに濡れてしまう。
僕たちは、何処がどう気持ちいいか確認し合う。人様が眉を顰めるようなことも平気で言い合うし、また、人様には言えないようなマニアックな愛し方もする。世間一般からすれば、僕たちは生まれつきの変態なんだろう。しかし、そんなことで悩んだことはない。これが僕たちのスタンダードだから、それでいいと思っているし、むしろ、その点に関してだけは、そんな自分を気に入っている。
僕はウシガエルの様だと貶しながら、本音を言えばもうちょっと美的センスとを磨いて欲しいと切望して止まないし、美しい人に憧れもするが、彼女を愛して止まない。僕のアイデンティティの問題は一生涯続くことが確定しているし、また、一方の問題は後ろめたい気持ちから解放されることはない。それに、彼女が、そんな僕をずっと受け入れ続けてくれるかどうかは、正直よく分からない。
僕には僕の問題があり、僕に関わる彼女にも、些か問題がある。
何一つ確かなことは約束出来ないが、僕は彼女から逃げ出したりはしないと、部屋とは打って変わって薄暗い照明の玄関先で、これで最後、これが最後と、何度も舌を絡めながら決心していた。
鈍ましきは、僕の心の内だとやっと合点したら、不思議なことにウシガエルが、女の顔に戻っていた。
了
2009年6月8日号掲載
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