僕の顎の先から、ぽたぽたと汗が滴り落ちて、父の胸元を濡らしていく。
 
 もう、どれほど続けただろう。
 押せども、押せども、体をバウンドさせるばかりで、眼の光の戻らない父を見ていると、焦燥感に苛まれ、胃の腑を鷲掴みにされてその内容物が噴門を押し上げ逆流し、嘔吐くまいとして急激に膨らんだ食道がきりきりと痛み破裂しそうになる感じと、または、実際そのようなことが起こり得るのかどうかは別として、その痛みが心臓へと伝播し微細動を起こしやがて痙攣を始めて血液が巡らなくなり、いまにも頽れてしまいそうになる感じと、その二つが交互に訪れる。
 しかし、父の蘇生を諦められる筈などないから、更に胸骨圧迫を繰り返せば、ますます冷たい汗が滂沱の如く落下して、僕の指先とその下にある父の痩せ細り肋の浮き出た胸とを濡らしていく。
 疲弊し、だらしなくも諦めかけた頃、父の軽く開いた唇から、ほぅ、と嘆息がひとつ洩れた。
 
「ああ、助かった……。みぃちゃん、ありがとう。」
 
 父が、掠れた小さな声で、言った。
 僕は、父に馬乗りになったまま、汗でぐっしょりと濡れて乱れた髪を掻き上げることも忘れ、その隙間から優しく愛撫するような眼差しで父を見つめて、微笑んだ。
 そのまま体を倒すと、僕は慈しみを込めて父を抱擁し、耳元で囁いた。
 
「よかった……、パパ。」
 
 僕は、父に口づけようとした。
 
 
 暗い。
 
 覚醒して瞼を開いた僕は、キングサイズのベッドの上に、横たわっていた。
 
 徒労感に、体がマットレスにめり込んでいるかのようだった。のろのろと首を廻らせば、隣には規則正しく寝息を立てる夫の寝姿があった。
 優しい男は、長閑な顔で眠っている。寝息を聞くとも無しに聞いていた。
 
 知らぬ間に、涙が頬を伝っていた。
 
 一体、これで何度この夢を見たことだろう。
 父が死んでもう三年も経つというのに、僕は未だにこの夢から醒められずにいる。
 天に昇るほどの幸福感を味わった後に、奈落の底へと突き落とされる。何年経っても受け入れ難い現実をまざまざと思い知らされて、その度に打ち拉がれるくらいなら、もう夢など見たくはない。
 否、嘘は吐くまい。
 夢の中だけでも、僕が欲して止まなかった父と邂逅できるなら、そのあとにどれほどの地獄が待っていて、悲嘆に暮れようとも、それを拒むことなど出来はしない。
 
 いつも、この夢から醒めた後は、胸の奥の痼りを呻吟しながら吐き出すかのように、苦い涙が溢れて止まらなくなる。堪えきれずに嗚咽すると、眠っていたはずの夫にそっと抱き寄せられた。夫の胸に顔を埋めると、背中に手が廻り、夢の中で僕が父にしたように、優しく愛撫してくれた。
 そして今夜も、途中からそれが性戯としての愛撫に変わっていく。背中にあった手が次第に下りていき、尻を揉みながら既に漲っている屹立を僕の腹に押し当てた。
 僕はまだ泣き止めずにいる。その僕に、夫は欲情している。
 それでも彼の為すが儘を受け入れる。
 夫は、結婚する以前に、お義父さんには到底敵わないけど、別格だからいいや、と言ってくれたから。

> 2.

2009年6月15日号掲載

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