潰さないようにそっと手を丸め、逃がさないように握り込むと、他にも居ないかと目を凝らして探した。今まで見えなかった虫が、其処彼処に潜んでいるのが、見えてきた。
興奮した。夢中だった。
プリーツスカートの裾を捲り上げて、捕まえては抛り込み、這い出し掛ける虫を指先で摘んでは再び投げ入れ、気がつくと十数匹も捕まえていた。入れ物が欲しかったが何も無いので、またそっと一匹ずつ摘み上げて、手を丸めて閉じ込めた。嬉しくて、何度もそっと少しだけ手を拡げて、手の中で蠢く虫に見入った。
ひとりでに、笑みが零れた。
工場で働いている母に、どうしても見てもらいたくなってしまった。いつも、用もないのに余り来るなと言われているし、僕も分かっているから滅多に行かないのだが、今日は我慢できなかった。
こんなにすごい発見をしたのだから、きっと母も喜んでくれるだろう。それに、この虫の名前も教えて欲しかった。胸の辺りで大事そうに手を合わせ、早足で工場の中へと入っていった。
「ママ……。」
ガチャガチャと、自動編み機の大きな音に掻き消されて、その機械の前に張り付くように立っている母には、遠慮勝ちに掛けた僕の声は届かなかった。
再び、少し大きめの声で、呼んだ。
母にはやはり聞こえなかったが、その後ろで座って下仕事をしているおばさんが気づいてくれて、母を大きな声で呼んでくれた。
「ママッ!」
「どうしたの、来ちゃ駄目って言っておいたでしょ。なあに?」
出端を挫かれて怯んだけど、虫を見せたい気持ちに変わりはなく、そっと手を拡げた。
笑いながら、母の顔を仰ぎ見た。
もともと、眉間に皺を寄せて不機嫌だったけど、一瞬強張ったかと思うと、耳を劈くような悲鳴を上げた母の顔は、引き攣っていた。予想だにしなかった反応に、僕は吃驚して、思わず閉じていた両手が離れてしまっていた。
手から零れてぽたぽたと床に落ちていく虫を、どうしようもなく見つめていた。
社長以外は女性だけの職場のことで、悲鳴の波紋は拡がっていき、青ざめる母を筆頭に、おばさんたちも叫びながらパッと飛び退き、僕の周りから離れていった。
すぐに、社長の奥さんが、奥からパタパタとスリッパの音を響かせて走って来て、がらりと引き戸を開けると工場の中に入ってきた。僕は、このおばさんが苦手で、なるべくなら会いたくないといつも思っていたので、悪いことをしたという意識はないまま、きっと叱られることになるだろうと、予測していた。
「何なの? 悲鳴なんか上げて。」
2009年9月22日号掲載