愛に乏しい人生を送ってまいりました。いいえ、溢れんばかりの愛情を注がれてきました。過剰な愛情は、私を完膚無きまでに叩きのめし、私は重力に耐えかねて心のカタワとなりました。

私の愛情のレヂスターはインキも紙も尽きて、それでもまだ作動せよ、と命じられました。私はある晩、睡眠薬に手を出しました。たちまち、中毒になりました。カルモチンは、この世をトパーズ色に染めてくれるのです。  

私は苦くて白い錠剤を、ボリボリと貪り食いました。食餌の量は半減しました。私の躯はたちまち痩せ、頬はこけ、眼玉ばかりギョロギョロと異光を放って、半病人のような呈に陥りました。頭を抱えた両親は、私を精神病院に放り込もうとしました。事前に察知した私は、大麻をたしなむ友人宅に逃げ込み、そこで再びカルモチン三昧の生活を送りました。

気がつくと、季節は冬になっておりました。貯金はまだ半分ほど残っています。当分はのらりくらりを続けられるだろうとタカをくくっておりましたら、友人が大麻を求めてアムステルダムへ旅立つ。それにあたって、部屋を解約する、と通告してきました。私は、愛情の抱き石で私の両脚を砕いた両親のもとへ、いざって戻りました。

「やぁ、久しぶりぢゃないの。」

友人の悪魔、リアリー・シンが私を訪問中でした。私は、リアリー・シンからの愛情爆撃によって、看護学校を中退するに及んでおりましたので、引き攣った笑顔で彼女を見返しました。彼女は臆することなく、

「私の親友の危機を放ってはおけないわ。」

と、申しました。

私を危機の崖から突き落とした張本人が、さらに崖の下まで追ってきて、今度は私を踏みしだこうとしている!両親は感謝の涙を流しています。死んぢゃえ、馬鹿。

けれども私は彼女の奴隷なのです。愛してあげるから、云うことをききなさい、という両親のようにあからさまな態度を彼女はとりません。でも、やることは同じです。私を愛情爆撃と愛情地雷でカタワにするのです。こんな云いかたをすると、私をずいぶん恵まれた人間のようにおもわれる向きもあるかと存じますが、ハッキリさせましょう。愛情という名の暴力があるのです。愛の名を借りて、好き放題に私をいじり回す、ドールハウス・マスターたち。私は再び彼らの手に落ちるつもりはありません。

「ちょっと、ポン・ヂュースでも買ってきましょう。」

私は云うが早いか、玄関から飛び出しました。両親が追ってきて、私の躯を抱き止めました。「いいぢゃありませんか。いってらっしゃいな。ただし、梵天瓜さんのラピスラズリを置いてね。」

ああ、リアリー・シンは、真罪さんは、ほんとうに悪魔です。私がラピスラズリの青玉にどれほど固執しているか、知り抜いているのです。

「大丈夫ですよ。これさえ預かっておけば、梵天瓜さんが逃げることはけしてありません。」

両親は、引きちぎらんばかりに、私のペンダントを奪いました。そのときです。私のなかに、むくむくと反抗心が湧いてきたのは。ラピスラズリは惜しいけれど、呉れてやる。そうおもいました。そして、しおらしく、近所のスーパーマーケットのほうへゆくフリをして、電車に乗ってしまいました。

あっかんべえ。捕まってたまるものですか。そのときの私は、ラピスラズリを使ったダウジングができなくなることよりも、カルモチンを存分に貪ることに傾いていました。

しかし、私には、大麻をたしなむ友人と、リアリー・シンのほかに、友人らしき友人はおりません。仕方がないので、適当な駅で降りて、ぶらぶら歩きをしました。すると、電柱の下のほうに、パートナーのご紹介、女性無料、宿泊施設あり、と書かれた小さなチラシが貼られております。

私は、公衆電話から電話を掛けました。ダミ声の男が、私の年齢を尋ねます。

「二十三です。」

「若いねえ。いいのかい。」

「なにがでしょう。」

「わかってる癖に。イヒヒヒヒ。ぢゃ、最寄り駅に車で迎えにいくから、あんたの特徴を教えて。」

「ええと、黒い髪を長くして、縛っています。赤いコートに、白いブーツ。バッグ類は持っていません。顔は楕円形。眼鏡に、化粧なし。唇と眉だけ作っています。痩せ型です。こんなところでよろしいでしょうか。」

「うん、わかった。すぐにいく。」

電話は切れました。

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2008年9月1日号掲載

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