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text/ナ ナ エ

 

 

 

作者について …………【編集部より】
作者のナナエは現在、高校の2学年に通う現役女子高生です。電藝メンバーのひとりに原稿を見せたことから、投稿に至りました。ナナエのデビュー作を掲載できることの幸運を読者とともに喜びたいと思います。

 

 


 朝のプラットホームで吸い込む空気は氷のようだ。頬が冷たい。この感じが好き。一息一息、私がここでこうしているって感じが。
 またひとつ私の目の前でドアが閉まろうとしている。閉まった列車のドアのガラス越しに目があった女の子は、私と同じくらいの年だろうか。薄暗い水色のマフラーなんて、センスが悪い。思い切りにらみつけてやったけど目をそらさないから、今度は馬鹿なっくらいエガオを向けてやった。そこでおしまい。電車の走り出す鈍い音が私から遠ざかる。なんだか私のここ最近の半年を早送りしてみてい
るようでため息が出た。そして、電車は私と同じように思いっきり冬の音を響かせて、行ってしまった。別に最初から乗るつもりなんてなかったけど。言い訳かなあ。ワカンナイ。本当は乗るつもりだったのかもしれない。
 金網を乗り越えて、ホームの外に出た。お金がないわけじゃない。定期なら、あと7日で切れるヤツを持っている。でも今はそういう気分。「そういう時ってある。」なんだか懐かしいあの頃の誰かさんの口癖。自然と口元がゆるんだ。そうそう、そういう時ってある。ヨケイな事をしていたい時ってさ。そうしないといつも通りに時が流れてしまう。1時間が1時間で、1日が1日で過ぎてしまうそうだ。
 「そんでもってあと7日。」と声に出す。あと7日が過ぎたら、こうやって冷たい金網を乗り越えることに意味がなくなる。切符がなくて乗り越えたら、それは《理由あり》になってしまう。

 あー、また携帯の音を消すのを忘れた。3階にあるわりに日当たりの良くない教室に、私の携帯の音が鳴り響く。
 「またあなたね。授業中に携帯ピコピコ鳴らして。大体何でこんな時間に携帯がなるんですか。」
 「メール。」
 私はメールを打ちながらおもむろに嫌な顔をする。
 「誰ですかこんな時間に。」
 「友達だよ、しつけーなぁ。」
 「勉強もしないでそんなにいつもひっついていたいんなら学校に来ないでいつまでもひっついていなさい。」
 いつになくヒステリックな感じ。
 「はぁー?うっせーよ。」
 だるい返事を返す私。いつも友達とひっついているのがそんなに悪いのか。私はひっついていられるもんなら何にだってひっついていたい。

 駅に向かう冷たい夜の帰り道。学校の帰り。私はここ一週間位毎日のように泣いている気がする。だから一人で帰りたい。理由は、きっと日本一のカウンセラーだってわからないだろう。そんな、参考書抱えて文学で心を理解したがっていらっしゃる方々に、一歩譲ってヒントを言われていただくならば、誰かに待ち伏せされるとか、時々自分が嫌になるだとか、思春期だとか、丈夫な石橋を叩く事さえ知らずに渡ってきた奴らが考えるような、そんな簡単な理由が当てはまるほど私たちの心はクサレテイナイってコトだ。
 ただ、一年前と同じ季節が近づいてきている。
  風の温度
  木の音
  空気のにおい
  夜の色
 今私の目に映るものと、思い出と呼ばれてしまうのであろうもの達が、それらを感じたときに、ふと重なり合う瞬間がある。嬉しいとか悲しいとかいう言葉は当てはまらない。胸の奥にしまっておいた大切な何かが、すごい力で、やっぱり外に出たがっている。私はきっと、その力が大きすぎて、自分では処理しきれなくなってしまう。考えたい事、感じたい事が多すぎる。やりたいことや、そして出来なくなってゆくことも。


 久しぶりに冷たい雨が降った。駅で久しぶりに会った友達。ラッキーカラーだなんて言って真っ赤に染めていた髪が、きれいな栗色にカーリングされていた。それでもなんだか笑った顔が変わっていなくて、駅の裏の階段で時が戻ったかのように、息をつくのも忘れるぐらいにいろいろな話をした。ちょっと前まではいつもたまっていたのに、いつのまにかみんなにすっかり忘れられていたこの階段。ココから見える景色に、私たちは涙も、笑顔も、怒りも、切なかった日も、絆も、私達の精一杯を刻んでいた。そこに座って話す彼女は、あの頃とやっぱり少し変わってしまっていた。
 家に向かう終電の中。彼女の言った
 「私、いつも裏切られててさ、なんかもう、友達とか信じたくなくなってるんだよね。」
って言葉が、目を閉じた私の暗いまぶたの裏で、白い文字となってぐるぐると回りつづけている。同情しているつもりはない。まして彼女を心配しているわけでもなく、私も彼女の中でまとまった「友達は裏切る」という暗いカラーの一部なのかということに、妙な寂しさを感じていた。
 彼女とは特別仲が良かったわけではないが、小中学校と一緒で、中学の時は、友達同士のつながりで頻繁に遊んだ時期もあった。
 誰かの中の、わたしの占めるスペースが、こうやって少しずつ小さくなってゆくのだろううか。彼らに大切なものが増えていっても、わたしのスペースはそのままの大きさではいられないのだろうか。
 そんなことを考えている私自身も、理由を並べて彼女の言葉から自分を弁護しようとしているのだと気づき、つり革から手を離し、考えるのをやめた。
 どんなに電車がすいていようが、疲れていようが、いつからだろうか、わたしは電車の座席には座らない。立って、わたしの前を過ぎて行く景色を見ていると、旅をしているような、わたしはココにいなくて、大きなスクリーンで移り行く景色を見ているだけの第三者のような気がしてくる。何も考えずに、ただわたしに危害を加えることの無い景色に呑みこまれていればイイ。そういうのも悪くない。