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    text/税所たしぎ
   もしもわたしがあの人だったら、あんな野暮ったい格好しないだろう。あんな安物の家具や趣味の悪いカーテンなんか買わないだろう。実用本位の銀色のベンツなんか乗らないだろう。そういうことを折にふれ真綿にくるんだ物言いで言ってやっているのに、あの人はそういうわけにもいかないのだということを、ぼそぼそとしたいかにもあの人らしい口調で言い返す。
 四月の幼稚園のPTAの会合のときだったか、初夏のような陽気で、あの人はふうふう暑がりながら上着を脱いで無造作に椅子の背にかけた。見るともなしにそちらを向くと、ヨーロッパの最高級ブランドのラベルが目に入った。何ということもないベージュの薄手のブレザーでそこら辺のスーパーでも買えそうだと思いながらも、わたしは少し不愉快になった。わたしがそのブランドの服を買うなら、最新の主任デザイナーのエスプリの感じられるようなものを選ぶだろう。いったいどんな格好であの取り澄ましたブティックに行くのだろう。いつものちぐはぐなよそいきで行くのかしら。
 前に横浜のホテルで中学のクラス会に一緒に出席したとき、クチュールのドレッシーな光沢のあるワンピースに学生靴のような黒革のトラッドシューズとソックスではおかしいと指摘したわたしに、あの人は「でも乙女チックでしょう」と、いかにもおしゃれに工夫したのだという感じで反論した。パーティの最中もあちこちで笑われていたけれども、あの人らしいというのが皆の結論だった。だれも持っていないような高価なものを身につけ、それを最悪に着こなすというのが人々の評価だった。
 とにかくわたしはあの人の財産が率直にうらやましい。実家や婚家の家柄がねたましい。配偶者選びのかいあってわたしは心の中の格付けでは1ランクも2ランクもクラスアップを果たしたつもりだから学生時代ほどの格差はないにしろ、厳としてあの人のほうが上であることは確かだ。
 そういう卑しいことを考える自分がいて、一方に一番の友達はあの人でやっぱり自分はあの人が好きだと思う自分がいる。若いころ、あなたはあの人といることで優越感を満たしているのであり、あなたはあの人を引き立て役だと思っているのだと、いまなら到底そこまで言えないような厳しいことを言う友人もいた。
 わたしのほうがきれいだ、わたしのほうが頭がいい、わたしのほうがセンスがいい、わたしのほうが気が利くなどと幾百並べてあの人をけなしながらも、あの人のいくつかの美点と、長所短所で割り切れない情愛がわたしとあの人を結びつけている。鈍感さにいらいらさせられるのはいつものことだし、アドバイスに反論されるのも毎度のことながら、こと子育てに関しての助言だけはけっこう柔軟に受け入れてくれている。そして昔のわたしのような女の子に育ってほしいのだとよく言っている。もっともそうでなくてはわたしが困る。