みるみる赤く染まっていく爪の先(これは彼女が僕に話したことだ)。眼を上げた彼女の前にくねって横たわる、蝋のように白い躯。そこはとにかく薄暗く、ざらざらの粟をふいた肌が蛇状の螺旋を描いて、しなだれかかるように、腰の大半をずり落として斜めに腰掛けている、鈍く光った細い鉄製のパイプ椅子と、その周囲の床わずか数十センチ四方しか、肉眼で識別できるものはない。椅子の肘かけに二の腕をひっかけ、死んだ魚のように裏返って垂らした腕の先は開かれて、その指は床のある地点を示している。埃をかぶったリノリウム敷のそこには、もちろん何もない。彼女はまた自分の赤く濡れた指先を見降ろす。肘かけにひっかかった腋には毛穴が黒い点になって細かく散らばっている。そこの部分にも、その裏側の、肩から二の腕へと続くなだらかな窪みの部分にも、ざらざらした粟だちは密度を増して広がっている。腋から内側に向かって急激に盛り上がり、床を指してだんだんと厚みを増している乳房を先端へたどるにつれて、それはいっそう細かくなる。暗褐色の広い乳暈のやや下の方に膨れて垂れ下がった乳首は爪痕状にへこんで白っぽく光っている。乳首の下に痣のように広がった翳は堅くしこって、腹部から鼠蹊部にわたるゆったりとした起伏を平坦に横ぎり、全身にくまなく密生している、薄い色のない和毛がしだいに太く艶を帯びて、透きとおった、しかしついに粟だちの肌理がなし崩しに激しく、ぼろぼろと風化している皮膚を、ほぼ完璧に覆いつくしていく。そこから、まっすぐ立てられた右膝の楕円に向かっては、皮膚組織が滅したあとのざらつき、毛穴と汗腺の間に細く刻まれた星型の皺がやや浅くなり、膝のすぐそばまでくると、折り曲げられた膝のせいで裏から脛に圧迫されてひと抓みぶんはみでている腿の肉などは、粉を葺いたようになめらかだ。その部分と、細長い不定形の翳で隔てられ、足首に降りていく右脚の脛は、筋肉を張りつめたままかすかに脂の光を残している。かろうじて椅子の、赤と緑とをつき混ぜた絹張りの部分にひっかけられ、臙脂色のペディキュアが塗られたつま先をだらりと垂らしている踵は、角質の皮膚をたるませて、薄茶色の陰唇をはさんでかき分けられた陰毛に隣接している。性器は持ち上げられた右脚のために斜めにゆがみ、細かく破壊された皮膚は砂粒のようにざらついて、触れた瞬間にさらさらと崩れ去るかに見える。陰毛が薄くなりはじめる、性器の下から内腿にかけての部分で、左脚の先から這い上がって来る闇がその密度を増し、左脚は膝頭にいたる規則的にしぼんでいく曲線の中途で唐突に断ち切られている。

 

 そこに彼女は立っていたんだよ。長いあいだ自分の指を見降ろしていたんだ。

 彼は椅子をきいきい鳴らして僕の隣までひっぱってきて、いった。僕は、彼の皺のほとんどない薄い唇を、魅入られたかのように見つめていた。「でもそれは彼女の夢の話だぜ? そこになぜお前が現れるんだ、お前が見た夢の話でもないのに?」  

2007年2月12日号掲載