皆様、初めまして。喜多匡希と申します。
この度、編集長様にお願いして映画について書かせて頂くことになりました。
何から書き出そうかと色々考えた末、実にオードソックスながら、まずは簡単な自己紹介から始め、この映画コラムの狙いのようなものをご説明しておきたいと思います。
私は、現在に至るまでの30年近くを大阪で過ごしている、生粋の浪花っ子であります。う〜ん……それ以外に自己紹介といっても、もったいつけて書くようなことなど殆どないのですが、唯一、特徴らしきところを挙げるとするならば、それは自他ともに認める映画好きだということ。
と言っても、幼少の頃から映画まみれの環境にあったわけではないのです。それどころか、私の父というのは、なぜか「映画は好きじゃない」と明言して憚らない人でありました。周囲と比べて、映画との距離はむしろ遠かったと言えるでしょう。
そんな私が、どうして自他共に認める映画好きになったのか、というと、これがまた、コレ! といえる決め手などなかったのです。父に対する反動があったのかもしれません。小学生の頃にレンタルビデオを時々利用するようになり、高校生の頃には映画館に頻繁に足を運ぶようになっていました。父はいい顔こそしませんでしたが、「やめろ!」とは一度も言わなかったように思います。
そんなある日、友人から「お前は本当に映画が好きやなあ」と言われたんです。「ああ、そういえば……」といった感じで、まさに気が付いたら映画が大好きになっていたというわけです。
さて、皆さんは映画にどのように触れていらっしゃいますか?
DVDで、ビデオで、TV放送で……それらの手段で触れる映画も、もちろん映画であることに違いはありません。実際、私が映画に親しむきっかけはレンタルビデオだったり、TV放送の映画だったりしていたわけですから。
ただ、「映画は本来映画館で見るのが一番であって、映画館で見る映画は一味もニ味も違うのだ」とそう思っています。特にこの2、3年でその思いを強くしている次第です。
というわけですから、このコラムでは、 <映画館で映画を見る> ということに焦点を当てて語っていきたいと思っています。映画館で映画を見るときに、場内の照明が落ち、新作予告編の後に、スクリーンが上映作品の画面サイズに合わせて左右に広がってカラカラと音を立てる時、思わずワクワクしてしまう。期待と興奮が入り混じった、なんとも言えないその愉悦を、一人でも多くの方に味わって頂ければと。それがこのコラムの狙いであり、皆さんが <映画館で映画を見る> きっかけ、一助になればなぁと思うのです。
よって、このコラムでは、私が実際に映画館で見て、是非ともこれは皆さんにも映画館で見て欲しいと思った選りすぐりの作品を御紹介していきたいなと考えています。
それ以外のコンセプトというのははっきりとまだ定めていません。大阪という地域性を交えて語ることもあるでしょうし、一つの映画を数回に分けて様々な角度から御紹介することもあるかもしれません。それはその都度、考えるとして、とにかく <映画館で映画を見る> 愉しみを伝えていきたい。いわば、皆さんにとっての <映画館ナビゲーター> になりたいと考えているのです。
今年も、 <映画館で映画を見る> 愉悦を存分に感じさせてくれた作品が既に多くあります。
その中から、このコラムの初回でご紹介するのは、4月8日から全国で公開中(東京はシネスイッチ銀座、大阪は梅田ガーデンシネマがメイン館)の邦画:『寝ずの番』であります。
【とある大御所落語家一門の間で巻き起こる幾つかの死。そのそれぞれの通夜における「寝ずの番」の席上で繰り広げられる悲喜こもごもの人間模様】
中島らもの同名小説を原作に、俳優の津川雅彦がマキノ雅彦名義で初監督した作品です。
<日本映画の父> と言われたマキノ省三を祖父に、日本映画黄金期の大職人監督であったマキノ雅弘を伯父に持つという、日本映画界のサラブレッドである彼が、マキノ姓を名乗って撮り上げた本作は、実に <映画館で映画を見る> 愉悦に満ちた作品に仕上がっていて、思わず嬉しくなってしまいました。
日本映画らしさが充満していて、監督も出演陣も実に楽しそう。それが画面から伝わってきて、見ているこちらも思わず頬を緩めてしまう。放送禁止用語や下ネタがバンバン飛び交う作品ですが、これが全然嫌らしくない。ベタベタしていないんです。むしろカラッとしていて、粋。
そう、実に粋なんです。
多彩な出演陣の芝居も粋なら、マキノ雅彦の演出も「これが初監督作品か!?」と思わせるほど粋。
<マキノ流> というスタイルがあります。これはマキノ雅弘の「観客に媚びて、媚びて、媚びまくる」というスタイルのことなんですが、マキノ雅彦は伯父のこのスタイルを継承しようと考えたそうなのです。「ちにかく観客を楽しませよう」という気概。そして、そこに漲る <活キチ精神=活動屋魂>が実に嬉しいのです。
日本映画創世期から日本映画黄金期、そして日本映画の凋落を目の当たりにしてきたマキノ家。その3世代目にあたる雅彦が、「日本映画に元気が戻ってきた」と謳われる今、往年の <マキノ流> を引っ提げて監督に挑戦したということがまた粋ではないですか。
本作に関わる粋なエピソードをもう一つ御紹介しておきましょう。
この小説を映画化したいと申し出た雅彦に、原作者の中島らもは「こんな放送禁止用語満載の小説を映画化したいという人はアンタの他におりません!よっしゃ、映画化権、アンタにあげます! 好きに使っとくんなはれ!」と言って、ニコッと笑ったそうです。
いよっ! 太っ腹!!
本作には、そんな「粋」という日本特有の感覚が充満していて大変気持ちがいいんです。
年齢も性別も様々な見知らぬ人たちが映画館に集まって、一つのスクリーンを見つめ、そこで上映された本作を見ながら「ガハハ♪」「アハハ♪」と気持ちよく笑う。そこに後ろめたさなど全くなく、気持ちよく笑えたんです。
そこで味わった一体感というのは、やはり映画館ならではのものだなと思い、嬉しくなったのでした。後半で少々クドさが目立ち、若干もたついてしまうのが非常にもったいないのではありますが、 <映画館で映画を見る愉しみ> を存分に味わうことのできる、痛快艶笑物の佳作として広くおすすめしたいところです。
次回以降は、おすすめ新作映画を、一作一作もう少し大きく採り上げながら御紹介させて頂きつつ、皆さんを映画館にご案内したいと思っています。
こうしている今も、映画館で映画に親しみ、楽しんでおられる方が世界中にいらっしゃいます。違う場所・環境・日付であっても、同じ作品を見ている方が大勢いらっしゃる。その方々とは、作品に対する好みの違いはあれど、やはり映画を通した隣人・仲間として繋がっていると思うのです。同じ作品を共有するということは、その作品を通じての出逢いだと思っているのです。
また、映画館でお逢いしましょう!
寝ずの晩
第30回湯布院映画祭正式上映作品 2005年/日本/カラー/110分 配給:日本ヘラルド映画
企画・製作: 鈴木光 原作: 中島らも 脚本: 大森寿美男 監督: マキノ雅彦(第一回監督作品) 出演:中井貴一 木村佳乃 岸部一徳 堺正章 笹野高史 木下ほうか 長門裕之 富司純子
2006年4月24日号掲載