私が観賞したのは11月1日。9月23日の公開からもうかなりの日数が経過しており、ファースト・ランも大詰めといった状況です。「もっと早く観賞しておけば、より多くの方々に本作をおすすめすることができたのではないか」と大変後悔しているわけですが、これからも、ムーブ・オーバーや二番館・三番館で上映されることでしょうから、遅ればせながらご紹介することとします。
というストーリー。【時は昭和40年。石油の登場によち、主産業であった炭坑の縮小(やがては閉鎖)に伴う失業危機にゆれる福島県いわき市。炭鉱夫とその家族は、町の再生を期して計画されたレジャー施設:常磐ハワイアンセンター(現:スパリゾートハワイアンズ)の建設に対して冷淡な視線を湛えていた。「こんな北国になにが <東北のハワイ> だ!! そんな金があるなら俺たちの生活をなんとかしてくれよ!」というわけ。住民の激しい反発を受けながらも、市はハワイアンセンターの目玉となるフラダンスショーのダンサー募集を開始するが、フラダンスをストリップと勘違いした地元住民たちの反応はすこぶる悪い。ダンス教師としてSKD(松竹歌劇団)出身の平山まどかを招いたのは良いものの、レッスン初回の生徒は僅か4人といった有様で、おまけに平山自身にもやる気が見られない……】
監督はPFF(ぴあフィルムフェスティバル)グランプリ出品作:『青 chong』で注目され、『BORDER LINE』『69 sixty nine』『スクラップ・ヘブン』とコンスタントに作品を発表している李相日(リ・サンイル)が担当。脚本は李監督と、青春映画の大傑作:『パッチギ!』を手掛けた羽原大介の共同脚本。撮影はこれまた『パッチギ!』の山本英夫、美術は『スワロウテイル』『花とアリス』といった岩井俊二作品で知られる種田陽平、照明は『ゆれる』を手掛けた小野晃といった現代日本映画界を代表するスタッフが参加しています。製作・配給は、『月はどっちに出ている』『ゲロッパ!』『パッチギ!』など、1990年代以降の日本映画界を引っ張っている感のあるシネカノン(代表:李鳳宇)。
フラダンス講師の平山まどかに松雪泰子。レッスンを受ける生徒の一人であり、後にチームリーダーとなる紀美子に蒼井優。紀美子の母に富司純子、兄に豊川悦司が扮している他、池津祥子・徳永えり・寺島進・志賀勝・高橋克実・岸部一徳といった個性豊かな俳優陣がこぞって出演しています。また、お笑いコンビ:南海キャンディーズのしずちゃんこと山崎静代が、本作で本格的な女優デビューを果たしているのも見所の一つと言えるでしょう。
上記した俳優陣は揃いも揃っての好演! 松雪泰子はこれまでのキャリアで最高と言える演技を見せてくれますし、あの冨士純子が、これまでのイメージとは違った <炭鉱(やま)の女> を熱演してびったりはまっていることにも目を見張りました。蒼井優は、今、注目されている若手の中でも飛びぬけた逸材であることを実感させてくれます。この3人の他にも、岸部一徳や志賀勝・寺島進といった名バイプレイヤーの的確な助演ぶりも忘れ難き味を残していますし、話題作りにとどまらないしずちゃんの存在も決して看過できないものがあります。(まさか、あのしずちゃんに涙を搾り取られるとは!!)そんな演技陣の熱演・名演を見事に抽出し、作品を紡ぎ上げて見せた演出の手堅さにも、それらを支えた各技術スタッフの頑張りも画面全体に迸っています。
『フラガール』は、誰でも安心して観賞することのできる受け皿の広い作品です。老若男女を問わず、大いに泣き、大いに笑うことのできる感動に満ちた傑作であり、本年度の日本映画を代表する作品であると、観賞を終えた私は確信しています。
正直な話、「おすすめだからとにかく見て欲しい!」と書いて、ここで筆を置きたいくらいなのです。昨年、『パッチギ!』を観賞した時に感じたのとよく似たこの晴れ晴れとした素晴らしい感動を、言葉で細かく表現する筆力を私は有していないからです。そして、なにより <百聞は一見にしかず> と言うではないですか。
けれど、もう少しだけ書きます。
本作に関しては、一般公開以前の段階から「傑作!」という評判を耳にしていました。公開後、更に評判は高まり、私の周りでも評判はすこぶる高かったものです。海外公開も決定し、来年の米アカデミー賞外国語映画部門への日本代表作品として選出されるという栄誉に輝いた他、早くもハリウッドでのリメイク企画も動いているなど、日を追う毎に評価が高まっている感があります。しかし、私は世評が高くなれば高くなるほど、不安を感じるようになっていました。
本作のあらすじを目にして、『ウォーター・ボーイズ』や『スウィング・ガールズ』を思い浮かべる人はかなり多いと思います。【男子高校生とシンクロナイズド・スイミング】【東北の女子高生とジャズ】といった <組み合わせの意外性> を面白さに繋げた作劇の妙と、野球やサッカーと比べると少しマイナーであるという印象のスポーツ・競技にスポットを当てた作品づくりというのは、1990年代に入って特に目立つようになってきました。
同種の作品を幾つか列記してみましょう。
『卓球温泉』『ピンポン』(卓球)
『のど自慢』『青いうた のど自慢 青春編』(のど自慢コンテスト)
『がんばっていきまっしょい』(ボート)
『ドラッグストア・ガール』(ラクロス)
『ロボコン』(ロボット・コンテスト)
『恋は五・七・五!』(俳句)
『オーバードライヴ』(三味線)
『ちゃんこ』(学生相撲)
『シムソンズ』(カーリング)
パッと思いつく限りでも、これだけの作品があります。では、こういった作品群の隆盛を極めるきっかけとなった作品は何かと考えると、それはやはり周防正行監督が手掛けた『Shall we ダンス?』でしょう。冴えない【中年サラリーマンが社交ダンスと出会い、悲喜こもごものドラマを繰り広げる】という意外性と客層を限定しすぎない間口の広さによって、この作品は大ヒットを記録しただけでなく、以後の日本映画界に大きな影響を与える事になったわけです。そして、周防正行監督は『 Shall we ダンス?』以前にも、既に『ファンシイダンス』『シコふんじゃった。』といった作品で同種の試みを行ってきましたが、更にそのルーツを辿ると、伊丹十三監督の存在に行き当たります(周防監督は伊丹作品の助監督を努めていた時期があるのです)。周防正行監督以降の上記作品群は、伊丹作品に見られたドギツさを排してはいるものの、そのHOW TO物の側面を孕んだ作風には相通ずるものがるのです。ここで、改めて伊丹十三の偉大な存在を再確認せざるをえません。
しかし、私は伊丹十三から周防正行を経て確立されたこの流れの中で生まれたヒット作(特に『ウォーターボーイズ』『スウィングガールズ』『ピンポン』など、興行・批評共に成功した作品群)を期待していたほど楽しめなかったのです。いや、確かに面白い。「面白いのだけれど、そこまで絶賛するほどかなあ……」という、もう一歩の物足りなさを覚えたのです。世間の評価と自己の評価の乖離というのは、やはり孤独を感じるもの。そのため、好きなジャンルであるのに身構えてしまうようになっていました。
ですから、私は本作の世評が高まれば高まるほど、「また僕は取り残されてしまうんじゃ……」という危惧を感じていたのです。
しかし、上映が開始されてほどなくそんな危惧はどこへやら。視線をスクリーンから片時も離さないほど釘付けになりました。目だけでなく、心全体を使って本作を堪能したものです。映画好きにとって、これほどの幸福が他にあるでしょうか? 気が付けば中盤から滂沱の涙。嗚咽をこらえきれず、とめどなく涙が滴り落ちたものです。映画鑑賞中に涙を流す事が別段珍しくない私ですが、しゃくりあげるほどに泣くということはそうそうありません。気付けば、周囲でも多数方がすすり泣いている様子。
本作、ストーリーそのものは実にオーソドックスで、ベタな印象を与えるものであるのに、そのベタさ加減に物の見事にノセられてしまいました。決して奇を衒うことなく正攻法でドラマを組み立てるという真正面からのアプローチに対して、見ているこちらも作品を真正面から受け止めたというわけです。これだけ気持ちよく涙を流す事ができたのも、本作が素直な作品であったからでしょう。素直の伝染です。
最大の見所は、クライマックスのフラダンスシーン。冒頭から実に丁寧に積み重ねられてきたドラマが、ここで大いなる感動を伴って素晴らしい飛翔をみせるのです。素人だった女性たちがプロのフラダンサーとして舞台に立ち、活き活きとした最高の笑顔で踊る姿のエネルギッシュなこと! そして、大団円で涙をこらえられない彼女たちの表情を目にして、映画と現実がないまぜとなったリアリティを感じて、またも大きな感動に包まれたのでした。
本年度、最も広く愛されて欲しい作品です。できるなら、この感動は映画館という独特の空間で味わって頂きたいものです。知らない人とウ一緒に泣いたり笑ったりすることのできる、幸福な空間を全身で体感しつつ、一人でも多くの方に本作が描いた心の部分が届けばいいなと切に願います。
また、劇場でお逢いしましょう!!
フラガール http://www.hula-girl.jp/
未来をあきらめない2006/120分/日本/シネカノン
監督:李相日 脚本:李相日・羽原大介 音楽:ジェイク・シマブクロ/出演:松雪泰子/豊川悦司/蒼井優/寺島進/志賀勝/高橋克実/岸部一徳/富司純子
2006年11月6日号掲載