忘れがたき秀作『狼少女』(2005)の深川栄洋監督最新作。
これまで、小学生から大学生を主人公とした作品ばかりを手掛けてきたが、今回は大人志向の作品である。それも、江戸川乱歩の『屋根裏の散歩者』を髣髴とさせる窃視症的覗きのエロスを軸とする和風ホラーだ。まず、この転換に興味を抱いた。
【木造アパートに暮らす売れない小説家・真木栗勉に、ある日、官能小説の連載依頼が舞い込む。しかし、遅々として筆は進まず、頭を抱える真木栗。そんな時、彼は部屋の壁に開いた“穴”を発見。翌日、白い日傘を手にした女性が隣室に引っ越して来る。真木栗は、その穴から隣人の生活を覗き、そこで目にした出来事や妄想を原稿に記していくが、やがて、現実と虚構の境界が曖昧となっていく……】
というストーリー。
これはなかなか面白い。『狼少女』で顕著だった昭和に対するノスタルジーは本作でも健在。木造アパートに暮らす売れない青年作家というレトロな雰囲気が本作のカラーだ。余程、この時代に憧憬を抱いているのだろう。ホラーと言っても、ショック演出に頼ることのない、しっとりとした怪異譚といった味わいで、巧みな世界観の構築に舌を巻いた。派手ではないため、観客を惹き付けるのは難しいところだが、手綱捌きが達者で、片時もスクリーンから目を離させない。確かな演出力に裏打ちされた秀作である。
主人公の真木栗に扮するのは、売れっ子の西島秀俊。どんな役柄でもカメレオンのように溶け込んでしまう当代きっての演技派として知られているが、本作でもやはり上手い。舞台となる鎌倉の風景や、真木栗の住む木造アパートの佇まいも素晴らしく、撮影も見事。映画館の暗闇に身を委ね、現実と幻想の境界を行き来する愉悦に浸っていただきたい。
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和風エロティック・ホラー『真木栗の穴』の深川栄洋監督合同インタビューの模様をお伝えする。深川監督は32歳の若手監督。“大人の映画”を目指したと言う本作について、たっぷりと話を聞いた。
――― とても不思議な感覚の作品で、様々な解釈の出来る作品ですが、深川 監督としては確固とした解釈が存在するのですか?
深川 ええ。けれど、それは口にしない方が良いと思っています。「答え合わせをする必要があるのかな?」と思うので(笑)私の答えと、スタッフの答え、役者の答え、観客の答え、色々な答えがあって良いと思います。原作の世界観、あのずっと浸っていたい世界観を“見る”とかではなく、“体験”して欲しいですね。その上で、観客を誘導しないように、と。そして、色々な角度から見て貰いたいと。例えば、絵画で言えば、近くで見ればその絵の精妙さがわかりますよね。けれど、そこから一歩引けば……、三歩引けば……、また違った部分が見えてくるでしょう? そういう風に御覧いただければと思います。
――― この作品を撮ることになったきっかけは?
深川 まず、プロデューサーからホン(脚本)を渡されたんです。でも、それがしっくり来なかったんです。それで原作を読んでみたら、(主人公の)真木栗の体験が現実のものなのか、幻想のものなのか、その線引きがとても曖昧模糊としていて、その世界観がとても魅力的だなあと感じました。プロデューサーはJホラーを目指していたようで、その意向も組み入れながら、原作の魅力である、どこか少し欠けている人たちが響きあったり擦れ違ったりして物語が生まれていく点を活かして撮らせてもらえるなら、ということで引き受けました。
――― これまで、深川監督の作品は『狼少女』(2005)、『アイランド・タイムズ』(2006・劇場未公開OV作品)など、少年少女を描いた作品が多かったのですが、今回はエロスの香りが充満していて、ホラーの要素もあり、随分印象が異なりますね。
深川 久し振りに大人の映画のオファーが来たと思いました(笑) なので、今回は思う存分、自分の性癖をさらけ出して大人の映画を作ろうと。それでR-18を目指したんです。けれどPG-12でした(笑)
――― 製作中に意識したことは?
深川 僕は自主映画出身ですから、徒弟制度を知らないんです。未経験。けれど、“必ず目指さなければならない高み”は意識的に目標として設定しました。それは巧拙という部分ではない目標として、です。
――― 真木栗という主人公をどう思われますか?
深川 僕だなあ、と(笑)。ダメなところが僕に似ているな、って。映画を撮っている時以外は、酔っ払っているか映画を観ているかなので。その中で、生活の記憶の境界が曖昧になってきたりするんです。これは職業病かも知れないですけど、その記憶が、自分が経験したことなのか、それとも以前に見た夢なのか、わからなくなってきたり。
――― 主演の西島秀俊さんについては?
深川 原作を読んだ時に浮かんだんです。初めてお会いした時の印象は「チャーミングな人なんだなあ」と。それまでの作品では、表情の出にくい俳優さんだと感じていたんです。内に怪物が潜んでいる、そんな感じがありました。『2duo/デュオ』とか『Dolls』、それに『ニンゲン失格』とか。その部分を引き出せれば、と思いました。
――― 真木栗の住むアパートが、作品の世界観にぴったりでしたね。
深川 戦後すぐに建った墨田区にあるアパートをスタッフが見つけてきてくれて、そこで撮影しました。部屋の内部を改装して真木栗の部屋を作ったのですが、色々な小説家さんに、どんな部屋に住んでいるのかお聞きして参考にしました。作家の部屋というのに興味がありましたし。撮影に使ったアパートは、そこに入るとそれまでに住んできた人たちの生活がありありとわかるんです。それが魅力的でコワイなあと。西島さんは、その部屋に入った瞬間、「作る映画がわかった」と言っていました。不思議な空間ですよ。昭和の香りがあって、光と影で言えば影の部分が強い。そこで、その影が残っているような印象を与えられれば、と。そのアパートは今では撮影所になっているそうです。
――― 原作者の山本亜紀子さんとはお会いになりました?
深川 ええ。お若い方だな、と。女性ならではの言葉で小説を書かれる方ですよね。真木栗を取り巻く女性として、20代、30代、40代の女性がそれぞれ1人ずつ登場しますが、彼女たちのセリフも実に女性らしい感覚に溢れています。その感じが出せれば真木栗の寂しさも表現できるし、真木栗の最後の決断がロマンチックになるなと思いました。
撮影監督が高間賢治さんですね。日本映画界に撮影監督というポジションを確固たるものとして築かれたベテランで、深川監督とは父子くらいの年齢差がありますが、御一緒されていかがでしたか?
深川 響き合えたな、と。面白がれるポイントが同じで、本気になれる。とてもスムーズでした。阿吽の呼吸といった感じで。
これまでに何度も尋ねられたと思うのですが、真木栗が壁の穴から隣室を覗くというのは、江戸川乱歩を連想させます。かといって、それほどドギツくないですが。この窃視症的なエロスというのは、陽性のものではないですね。陰性のエロス、あるいは部分的なエロスのように感じます。そのあたりはどうですか?
深川 そうですね。個人的な性癖として、健康的で全体的なものよりも、部分的な丸みにエロスを感じます。男性にはない、女性特有の丸みです。そこは意識しました。
先ほど「Jホラーを目指した」とのことでしたが、かといって、演出や音で瞬発的に怖がらせるタイプの作品ではないですね。どこかしっとりとしていて、怪談風の艶話のような趣です。
深川 そうです、そうです。艶話ですね。ドギツい感じではなく。現実とそうでない世界の境界のような。
――― 深川監督が気に入っているシーンというのは?
深川 トマトのシーンですね。トマトを落としてしまって、汚れた佐緒里の足を真木栗が拭う時、目線を合わせないで会話をします。この距離感を出そうと。観客のテンションを意識的に引っ張ったり、緩めたりという部分を、意識的に行いましたが、このシーンは特に上手くいったと思います。
――― 次回作の予定は?
深川 2009年5月公開予定で、もう撮り終えたのですが『60歳のラブレター』という作品です。60歳を目前にした3組のカップルの話で、主演は中村雅俊さん。あと、かなり高齢ですが、佐藤慶さんが久し振りに出演されています。
真木栗ノ穴 http://www.makiguri.com/
2007年 日本 110分 PG‐12指定作品
配給:ビターズ・エンド
監督:深川栄洋
原作:山本亜紀子『穴』(角川ホラー文庫・刊)
出演:西島秀俊、粟田麗、木下あゆ美、キムラ緑子、北村有起哉、尾上寛之、大橋てつじ、永田耕一、小林且弥、田中哲司、松金よね子、谷津勲、利重剛、ほか
【上映スケジュール】
12/6(土)〜 大阪:第七藝術劇場
12/20(土)〜 兵庫:神戸アートビレッジセンター→12/27(土)まで
12/下旬予定〜 京都:京都みなみ会館
そのほか、全国順次公開