ヴィスコンティ生誕100年祭
イノセント 無修正復元完全版

 今回、本コラムを執筆するにあたって、どの作品を採り上げようかこれまでにないほど悩みました。というのも、この2週間に予定していた映画鑑賞を消化しきれず、また、そんな中でなんとか観賞し得た数本の新作も、皆さんに広くおすすめするには少し小粒であるという印象で、決め手に欠けたのでありました。と言っても締め切りは刻々と、着実にやってくるわけでして……

 そんなこんなで「どうしよう、どうしよう……」としばし考えた後、最近観賞した中では最も気に入っている『ありがとう』という日本映画をご紹介しようと決め、今朝(12/10の日曜日)は頭の中で言葉を躍らせながら、原稿内容を固めていったものです。

 しかし、『ありがとう』を巡ってどう書くかをほぼ固めた直後、テアトル梅田で行われている【ルキノ・ヴィスコンテ生誕100年祭】という特集上映で『イノセント 無修正完全版』(1979年製作)を観賞し、私は目から鱗が落ちるほどの感動に包まれたのです。劇場を出てから、しばらくはその感動を噛み締めていたのですが、ほどなく「今回はコレでいこう!」と思い立ちました。よって、今回の『銀幕ナビゲーション〜新作映画おすすめレビュー〜』は <過去の名作を「新作」として劇場で見る愉悦> というテーマでお送りしたいと思います。今回は『イノセント 無修正復元完全版』の観賞を契機として、私の胸に湧き上がってきた思いを記したいと思います。(当初ご紹介する予定だった『ありがとう』も堂々たる日本映画に仕上がっています。

 阪神大震災を生き抜いた1人の男がプロゴルファーを目指すという実話の映画化ですが、震災のスペクタクルシーンはかなりの迫力があり、またドラマ作りも大変好感の持てる丁寧さ。当時、被災者の1人であった私としては、当時を思い出して滂沱の涙と相成りました。現在、東映系にて全国ロードショー中です)

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 さて、 <過去の名作を劇場で見る愉悦> とテーマを決めたとはいえ、本コラムの読者の中には「このコラムは【新作映画】のおすすめコラムではないのか!?」と思われる方もいらっしゃるでしょう。もちろん、そのことは私も重々承知している次第。では、なぜ今回、こういったテーマを定めたのかというと、そこには私なりの理由があるのです。

 ここで少し時間を遡りますが、先週の日曜日、私はキネマ旬報社総合映画研究所主催の【第2回映画検定】を受検して来ました。合否の発表はまだ先ですし、今回は合格の自信も薄いのですが、それはまあ別の話。その試検問題の出題範囲は実に幅広く、映画黎明期〜現在に至るまで、実に100年以上に渡る範囲から様々な問題が出題されました。映画の歴史の1/4ほどしか生きていない私にとって、生まれる前の作品に対しては、ビデオやDVDによるソフト観賞か、雑誌や書籍で得た紙の上の知識しか持っていません。その点、やはりそれらの名作にリアルタイムで親しんで来られた年代の方々には敵わないなと、改めて痛感した、同時に「キラ星のような名作の数々にもっともっと触れたい!」という欲求が衝動的に湧き上がってきたのです。私の場合、新作映画に関するコラムをこうして書かせて頂いてるくらいですから、どうしても劇場観賞ではその時点での最新作を中心に追いかけてしまうのですが、ここでふと「映画は見られなければ意味がない」という大前提が頭をよぎり、「いくら紙の上の知識を有しているとは言え、それはやはりあくまで知識にしか過ぎない。実際にその映像を目の当たりにして、体感してこその映画ではないか」と思い至ったわけです。紙の上で得た知識を全くの無駄だとはもちろん思いませんが、 <百聞は一見にしかず> という言葉の通り、やはり映画は実際に触れてみることで身になるものだと、そう感じたわけです。

 ここで「新作」という言葉の意味を考えてみましょう。普段、私たちは「新作」という言葉を「その時点での最新作=封切りされたばかりの作品」という意味で用いているように思うのですが、少し切り替えて考えてみると、「初めて観賞する作品は、その製作年度・公開年度に限らず、その作品を観る者にとって全て新作なのではないか?」と思うのです。世間で言う「新作」と、個人にとっての「新作」の違いとでも言いましょうか。そう考えると、例えどれだけ古い作品であっても、初めて目にする作品であるならば、それはその人にとって新作であると、そういうわけです。

 とはいえ、劇場で過去の名作を鑑賞したいと思っても、封切り作品と違って選択の幅が狭いのも事実。なかなかタイミング良く興味のある過去作品が上映されているわけでもありません。しかし、過去作品のリバイバル上映が全く行われていないのかというとそうではなく、調べてみると、フィルムセンターやミニシアターでの特集上映や、有志による上映会などが数多く行われています。

 最近だと、先に挙げた生誕100年を記念したルキノ・ヴィスコンティ監督の特集上映や、諸作品のDVD化を記念した溝口健二監督作品の特集上映、松竹110周年記念特集上映、日本カルト映画の特集上映などが大々的開催されているのです。中には未ソフトの作品や、ニュー・プリントによって美しく甦った作品も多く見られます。また、各会場には、懐かしさから思わず足を運ばれたと思しきベテランの映画ファンから、初めてその作品に触れるであろう若々しい映画ファンまで、実に幅広い年代の観客が詰め掛けているようです。事実、本日、私が足を運んだテアトル梅田も、朝一番の上映に関わらず、場内は老若男女問わない観客が多数訪れており、すし詰めの満員!「真の名作は時代を超える」とは正にことのことだと肌で感じたものであります。

 ルキノ・ヴィスコンティは私がかつて心酔した監督の1人ですから、『イノセント』もこれまでに何度か観賞しています。そのため、この作品が私にとって「新作」であるとは言い難いのですが、それでも初観賞時から数年を経て、改めて観賞した本作は、また新たな感動に満ち満ちており、大変有意義な映画体験となりました。この頃がキャリアの最盛期であったジャンカルロ・ジャンニーニの名演に目を見張り、ジェニファー・オニールとラウラ・アントネッリという2人の美しい花弁が湛える眼差しに魅了され、ヴィスコンティ監督の演出による枯淡の凄みに圧倒された2時間強。最新技術で鮮明に甦った美麗な映像を心行くまで味わった私は、陶然とした面持ちで劇場を後にしました。そこに懐古趣味的な感慨は希薄であり、むしろ新鮮な感動の方が大きかったのです。時代的には、もう30年近くも過去の作品ですが、本質的な古さは全く見受けられず、充実した映画体験となりました。

 こう考えてみると、私たちの周りには、数限りないほどの「新作」(まだ見ぬ映画たち)が存在していると言えるでしょう。過去からやってくる新作たちを劇場の闇の中で心行くまで堪能するというのも、映画が持つ魅力の一つではないかと思うのです。それは即ち、<過去の名作を「新作」として劇場で見る愉悦>であると。時代を超える名作たちとの邂逅を喜び、それを提供してくれる人々の存在にも感謝しつつ、またシートに身を委ねたいものです。

 時代の先端を行く最新作にも興味は尽きませんが、文化界の財産ともいえる過去の名作に目を向けることも、また大きな喜びに満ちているものですね。
皆さんにもこの時代を超える喜びを味わって頂きたいと切に願います。

 また、劇場でお逢いしましょう!!

ヴィスコンティ生誕100年祭 http://www.crest-inter.co.jp/visconti/

 イタリア最後の巨匠が放つ絢爛たる美と官能

山猫/ルートヴィヒ/イノセント

P.S. 私が敬愛して止まなかった実相寺昭雄監督が先日逝去されました。日本映画界・特撮界に大きなな足跡を残された方です。慎んでご冥福をお祈り致します。

2006年11月27日号掲載

< 紀子の食卓(2006/12/25) | 9/10 ジュウブンノキュウ(2006/11/20)>

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