早いもので、2006年ももう大詰め。本年、4月24日号から隔週連載という形でスタートした本コラムも、実に今回で17回目となりました。この間、本コラムでは、16本の映画と2つの映画イベントを採り上げて参りましたが、もちろんその他にも優れた作品は数多く、充実した一年であったと実感しております。
そんな中で、先日、「うむむ……これは大傑作ではないか!」と思わず瞠目させられる作品に出会うことができたのです。
2006年最後の『銀ナビ』は、その巨大な作品=園子温監督の『紀子の食卓』をご紹介させて頂く事にします。
というストーリー。【平凡で退屈な田舎町で暮らす女子高校生:島原紀子は、大都会東京への憧れと息苦しい家族との関係に嫌気が差し、大学進学を巡る父親との対立がきっかけで、遂に東京へと家出。紀子は、 <廃墟ドットコム> というサイトの常連投稿者であり、そこで知り合った <上野駅54> というハンドルネームを持つ女性:クミコとの接触を図る。無事、クミコとの対面を果たした紀子は、クミコが経営するレンタル家族の一員に。その一方で、紀子の妹:ユカも <廃墟ドットコム> の存在を知り、紀子を追って上京するが、紀子たちの実家では、ほどなく母:妙子が自殺。残された父:徹三は東京に消えた娘2人を捜し出すことを決意するのだった……】
紀子に吹石一恵、ユカに吉高由里子、クミコにつぐみ、徹三に光石研がそれぞれ扮している他、並樹史朗・宮田早苗・三津谷葉子・李鐘浩・古屋兎丸・手塚とおる・藤間宇宙らが出演しています。
本作の出現は、2006年度日本映画界における一つの事件として鮮烈に記憶されるべき成果を示しており、圧巻。159分という長尺ながら、その長さを微塵も感じさせない演出力の前に、息をつくのも忘れ、ただただスクリーンを凝視し続たものです。上映終了後にようやく自らが呼吸していることに気付いた……なんて書くと、「そんな大袈裟な……」と思われるかも知れませんが、これは大袈裟でも嘘でもなく、鑑賞中、私は本策に徹頭徹尾の圧倒をされていたのです。
本作は、そのタイトルから一見完全に独立した作品であるかのように思われますが、実は園監督が2002年に発表したヒット作:『自殺サークル』(東京新宿のシネマ・カリテ=現:新宿武蔵野館のレイトショー動員記録を打ち立てた)の続編、あるいは姉妹篇と言える作品なのです。『自殺サークル』で描かれた、新宿駅における女子高生54人の集団飛び込み自殺を描いたこの作品は、当時隆盛であったJホラーの流れに乗せて語られることも多く、園監督のフィルモグラフィーにあっては一つの大きな転調を見せた作品と言えるでしょう。それゆえ、旧来の園子温ファンからは戸惑いの声も少なくなかったと記憶しています。しかし、それまで相当にアングラな存在であった彼(一般の映画ファンは彼の作品をまず見たことがなかったであろう)を広くアピールし得たという意味で、重要な作品とも言えるわけです。
そんな『自殺サークル』ですが、しばらくして、園子温監督自ら続編と言える小説:『自殺サークル完全版』を発表。これが、本作:『紀子の食卓』の原作となります。
本作では、<レンタル家族> という多分な虚構性を孕んだコミュニティ提供業を通して、<家族の存在・役割>、果ては <個人の存在・役割> を描き出していきます。
【幸せな家族って何ですか?】
【あなたはあなたの関係者ですか?】
という質問調のセリフが度々登場しますが、貴方はこの問いに答えることができるでしょうか? では、答えることができたとして、その答えは自然さを湛えたものでしょうか?
皆、きっとどこかで <役割を演じている> のです。<幸せな家族> を志向するがゆえに、その構成メンバーの1人として演技をしているのではないですか? それも無意識の内にです。
<良き父> <良き母> <良き息子> <良き娘> といったそれぞれの役割を演じ、<幸せ(とされる)家族> を作り出そうとする。その結果、人はその <役割を演じる> ということに慣れてしまう。その演技や虚構の関係性といったものは、<家族> だけに留まらず、<学校> や <職場> <友人関係> <恋愛関係> などにも拡散すると同時に、自己の抑圧・消失という一点にも繋がっているわけです。このようなことは、本作の中だけではなく、実際の生活の中に溢れ返っているのではないでしょうか?
吹石一恵演じる紀子は、そんな要求される役割に疲弊し、そんな状況を辟易して家出という形で上京を果たします。しかし、<上京する=大都会東京への憧れ> という以上の目的を、彼女は持たなかった。上京した時点で彼女のアイデンティティが喪失されるという、青く残酷な真実が彼女を抜け殻にしてしまうのです。そのなんともアイロニカルな転換点を経て、彼女はクミコに促されるがままに、レンタル家族事業の一員として従事することになるのですが、そこに、彼女本人の発展的意思が存在しているとは思えません。抜け殻となった彼女にとって、その選択は、ただ単なる従属、あるいは逃避にしか過ぎないのです。<役割を演じることに疲れ、逃げ出した挙句に自己を浪費し、そこから逃げるためにまた(今度は意識的に)役割を演じる> という皮肉に満ちた、それでいて真実味のある円環に紀子(それはクミコもユカも同様)に囚われていくのです。
一方、娘の相次ぐ失踪とそれに起因した妻の自殺により、長い年月をかけて構築してきた <幸せな家族> の崩壊という大惨事によって奈落の底に突き落とされた父:徹三(光石研が目を見張る大熱演!)は、相当な覚悟を決めて2人の娘を探し出し、再度 <幸せな家族> を取り戻そうとします。このあたりでの徹三の姿には、<すがる> という言葉と、<守る> という言葉の道義的一面を感じさせる執念と、彼自身の意思と彼の夢見る関係性の脆さと、それを庇おうとする強烈な攻撃性の同居が見られます。
その執念の果てに、徹三はクミコと接触することに成功し、友人の協力を得て、彼女ら3人をレンタル家族として招くこととなるのですが、ここから始まる怒涛のクライマックスに、私はすっかり打ちのめされてしまったものでした。
本作は、相当な重さを孕んだ作品であり、観賞後にスカッとするタイプの作品では決してありませんが、本作が呈示する問題意識とその一つの回答は、観客の胸に深く突き刺さることでしょう。今回は、大いなる問題作・稀有なる大傑作として、本作をおすすめします。
現在、多くの地域での公開は既に終了していますが、現在行われている大阪上映の後、東京での再公開や、その他の地域での上映も決定しています。
機会がございましたら、是非ご覧下さい。
本年の『銀幕ナビゲーション〜新作映画おすすめレビュー〜』は今回が最後となります。来年も何卒宜しくお願い致します。皆様が良いお年をお迎えになられますように。
来年もまた、劇場でお逢いしましょう!!
紀子の食卓 http://www.noriko-movie.com/
この世界は虚構(ニセモノ)の楽園2005/日本/159分/アルゴ・ピクチャーズ/監督・原作・脚本:園子温 撮影:谷川創平 編集:伊藤潤一 音楽:長谷川智樹 テーマ作曲:園子温『Lemon Song』 挿入歌:マイク真木『バラが咲いた』 出演:吹石一恵・つぐみ・吉高由里子・並樹史朗・宮田早苗・三津谷葉子・安藤玉恵・渡辺奈緒子・李鐘浩・古屋兎丸・手塚とおる・光石研
2006年12月25日号掲載