ゾンビとは? シッコとは?
『グラインドハウス』特集の第2回をお送りしましょう。
前回は、「グラインドハウス映画とは何か?」ということから始め、続けてクエンティン・タランティーノ監督の『デス・プルーフ in グラインドハウス』(以下、『デス・プルーフ』)を御紹介しましたね。
今回は9/22に全国同時公開されるロバート・ロドリゲス監督の『プラネット・テラー in グラインドハウス』(以下、『プラネット・テラー』)を御紹介します。
『デス・プルーフ』はカー・アクションとサイコ・ホラーの要素を融合させ、恐怖と笑いを散りばめた <一粒で二度美味しい> 作品でしたが、『プラネット・テラー』は残酷さとおかしさの境界を自由自在に行き来しつつ、奇想天外なアイデアを盛り込んだサービス満点の <ゾンビ風> アクション・スプラッターです。
【舞台はテキサスの田舎町。軍事基地で開発されていた生物科学ガスが流出してしまう。そのガスを吸引した者は、急速にその肉体が腐り出し、ほどなく凶暴化。周囲の人々を手当たり次第に襲うようになる。襲われた人間も、その傷口から感染し、同じく凶暴化してしまう。町では阿鼻叫喚の生地獄と化す。そんな中、場末のクラブでゴーゴーダンサーをしているチェリーは、2週間前に別れた恋人のレイと再会するが、凶暴化した人々に襲われ、右脚を喰いちぎられてしまう。チェリーが運び込まれた病院では、女医:ダコタが、夫であるブロック医師と一悶着。偏執的なブロックに危機感を感じ、息子を連れて、レズビアンの恋人:タミーと駆け落ちする決心をしていた。その他、テキサス一番のバーベキューを作ろうと情熱を燃やすJTと、JTの弟であるヘイグ保安官や双子の美人姉妹らが登場。生き残った者は一致団結して町からの脱出を図るが、そこに生物化学ガスを我が物にしようとする軍人:マルドゥーンが立ちはだかる!!】
というストーリー。 監督は、僅か7,000ドルで撮り上げた自主映画:『エル・マリアッチ』で認められ、僅か24歳でハリウッドに招かれたという才人:ロバート・ロドリゲス。『シン・シティ』や『デスペラード』シリーズ、『スパイ・キッズ』シリーズの監督だと言えば「ああ、知ってる!」という方、多いでしょうね。
今や、立派なヒットメーカーの1人です。本作では、監督だけでなく製作・脚本・撮影・編集・音楽も担当。入れ込みようが伺えますね。
最強のアクション・ヒロイン:チェリーを演じるのは、『デス・プルーフ』にチラリと出演していたローズ・マッゴーワン。チェリーを守るレイにはフレディ・ロドリゲス、悪の元凶:マルドゥーンにブルース・ウイリスが扮している他、ジョシュ・ブローリン、マーリー・シェルトン、ジェフ・フェイヒー、ステイシー・ファーガソン、ナヴィーン・アンドリュース、マイケル・ビーン、マイケル・パークスらが共演。クエンティン・タランティーノがレイプ魔ナンバー1という凶悪なキャラクターを怪演していたり、特殊メイクの神様:トム・サヴィーニが警察官役で特別出演しているところも見どころです。
さて、先に <ゾンビ風> と書きました。本作に登場するモンスターには、明らかにゾンビ映画からの影響が色濃く見られますが、厳密にはゾンビではないのです。ゾンビというのは、その語源は <蛇・蛇神> とのこと。元々、ハイチにおいて、ブードゥー呪術を用いて死者を蘇らせ、労働に従事させていたという伝説が下敷きにあります。この伝説の真相としては、麻薬・麻酔等を用いて生者の思考能力を奪い、ただただ労働に従事するだけのマシーン化を施していたという説が有力とされています。まあ、その真相云々はこの際置いておくとして、映画や小説など、架空世界での <ゾンビ> の定義は <死体であること> が絶対条件となっています。ゾンビと呼ばれる個体は、 <動いているけれど、一切の生命活動が停止している状態でないといけない> わけです。そういう意味では、本作に登場するモンスターはゾンビではないのです。これは、監督のロバート・ロドリゲスも強調しており、「ゾンビは死体でないといけないけれど、『プラネット・テラー』のモンスターは死んでいない。生体科学ガスで皮膚が爛れ、醜く変形し、目を覆うばかりの姿態となった上、精神に異常を来たしているが、死んではいないんだ。彼らは紛れもなく生きている。だから厳密にはゾンビじゃないんだよ。だから <シッコ> (SICKO=感染者、病人、狂人を意味するスラング)と呼んで欲しいな」とアピールしています(ちなみに、現在日本公開中のマイケル・ムーア監督によるドキュメンタリー映画:『シッコ』は、このスラングをそのままタイトルに用いているというわけです)。
ですから、本作はやっぱり <ゾンビ風映画> なのです。決して <ゾンビ映画> ではありません。しかし、ゾンビ映画が本作に多大な影響を与えた事は間違いありません。せっかくの機会ですから、ここでゾンビ映画の変遷について御紹介しておきましょう。
しかし、ゾンビという単語が一般的に浸透したのは、ジョージ・A・ロメロ監督による【リビング・デッド(生ける屍)】シリーズ第2作:『ゾンビ』(1978年)の大ヒットに拠るところが大きいですね。ジョージ・A・ロメロは、それ以後の一般的なゾンビ・イメージ <=動きが遅く、意志を持たず、生者の人肉を求めてさ迷い歩く> を作り出したエポック・メーカーです。ロメロは、低予算映画として製作されたシリーズ第1作『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』(1968年・日本劇場未公開)で、そのイメージを既に示していましたが、世界的にブレイクしたのは、そのイメージを引き継いだ10年後の『ゾンビ』に拠る、とこうなるわけです。ロメロのゾンビシリーズは今日までに4作品が発表されています。御紹介しましょう。
第1作:ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド(1968年・原題:『NIGHTOF THE
LIVING DEAD』)
第2作:ゾンビ(1978年・原題:『ZOMBIE:DAWN OF THE DEAD』)
第3作:死霊のえじき(1985年・原題:『DAY OF THE DEAD』)
第4作:ランド・オブ・ザ・デッド(2005年・原題:『LAND OF THE DEAD』)
原題を直訳してみると、順番に『生ける死者の夜』『ゾンビ:死者の夜明け』『死者の日』『死者の王国』となり、作を重ねる毎に人間とゾンビ=生者と死者の勢力がどうなっているのかが手にとるようにわかる形となっています。
尚、ロメロは現在シリーズ第5作:『ダイアリー・オブ・ザ・デッド』の製作中です。また『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』が『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド/死霊創世紀』(1990年。本作に特別出演しているトム・サヴィーニが監督)として、『ゾンビ』が『ドーン・オブ・ザ・デッド』(2004年。ザック・スナイダー監督)として公式にリメイクされている他、『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』2回目のリメイクとなる『超立体映画 ゾンビ3D』(2006年。ジェフ・ブロードストリート監督。原題:『NIGHT OF THE LIVING DEAD 3D』)が日本公開待機中であり、『死霊のえじき』のリメイクもスティーブ・マイナー監督の手により現在進んでいます。また、ロメロは、我が日本発の人気TVゲーム:『バイオハザード』1作目のCMを手掛けたこともありました。「ゾンビ映画と言えばロメロ!」と言われるのも、このフィルモグラフィーやリメイクの隆盛ぶりを知れば大いに頷けるところですね。
では、ゾンビ映画はロメロの専売特許なのかと言うと、決してそうではありません。映画界では古くからゾンビ映画やゾンビ風映画が製作されてきました。ロメロ以前にもゾンビ映画はありましたし、『ゾンビ』の世界的ヒット以後に大量に発表された亜流作品も数多くあります。その代表的なものを以下に御紹介しておきましょう。
恐怖城 1932年。ソフトリリース時タイトル『ホワイト・ゾンビ』。世界初のゾンビ映画
ブードゥリアン 1943年。ブードゥー・ゾンビ映画の最高峰と言われる
プラン9・フロム・アウタースペース 1959年。エド・ウッドことエドワード・D・ウッド・Jr監督による【史上最低の映画】として有名
恐怖の足跡 1962年。『シックス・センス』への影響大と言われる傑作
地球最後の男 1964年。リチャード・マシスン原作。ロメロ・ゾンビの原点とされる。今年年末にウィル・スミス主演のリメイク:『アイ・アム・レジェンド』が公開
吸血ゾンビ 1966年。イギリス:ハマー・プロ製作。ブードゥー・ゾンビ映画初のカラー作品
悪魔の墓場 1974年。世界初のゴア・ゾンビ映画
シーバース 1975年。デビッド・クローネンバーグ監督
ラビッド 1977年。同上
サンゲリア 1979年。ルチオ・フルチ監督。『ZOMBIES 2』というタイトルで、いかにも『ゾンビ』の続編であるかのように公開されたため、揉めた
ナイトメア・シティ 1980年。ウンベルト・レンツィ監督。意志を持った、走るゾンビが登場。本作が『プラネット・テラー』に与えた影響は大きい
死霊のはらわた 1983年。サム・ライミ監督。スプラッター映画ブームの火付け役。続編2作品あり
ZONBIO/死霊のしたたり 1985年。H・P・ラヴクラフト原作。続編2作品あり
バタリアン コメディ色強いゾンビ映画の金字塔。続編4作品あり
デモンズ 1985年。『ゾンビ』の製作者であるダリオ・アルジェントがこちらのシリーズも担当。シリーズ多数
ブレインデッド 1992年。ピーター・ジャクソン監督。スラップスティック・スプラッター
28日後... 2002年。ウイルス感染によるゾンビ化を描いた寂寥感に溢れた終末観が圧巻
ショーン・オブ・ザ・デッド 2004年。『グラインドハウス』に、フェイク予告編の監督として参加したエドガー・ライト監督による本格パロディ・ゾンビ映画
特に代表的なものを挙げてみました。より詳しく知りたいという方は、『ゾンビ映画大辞典』(伊藤美和:編著、洋泉社 3,800円+税)をどうぞ。タイトルの通り世界中のゾンビ映画を網羅した恐るべき一冊です。
『プラネット・テラー』は、80年近い歴史を誇るゾンビ映画・ゾンビ風映画の系譜にその名を刻み込むに足る作品です。残酷描写はかなりのもので、血液、体液、はらわたが全編を彩り、手・足・首が画面中を乱舞する光景にはゾンビ映画ファンのみならず、スプラッターファンも大喜びするはず。加えて、コメディ要素もかなり色濃く、ただただ陰惨・残酷なだけの作品ではありません。恐怖と笑いのバランスも良く、2000年代ならではのド派手かつスピーディーなアクション描写も見応えがあります。センス抜群のサントラや、ロドリゲス監督の軽快かつトリッキーな演出も冴えに冴え、「マニアック……?」という先入観を良い意味で裏切ってくれますよ。マシンガンを右足に埋め込んだチェリーの勇姿は長く語り継がれることになるのではないでしょうか?
グラインドハウス映画の精神とゾンビ映画の歴史を受け継いだ一大エンターテインメント作品、それが『プラネット・テラー』なのです。
2回に分けてお送りした『グラインドハウス』特集、如何だったでしょうか? ちょっとマニアック過ぎた気もしますが、こういうことを色々知ると、また映画の楽しみがグンと広がりますよ。
それでは、次週。また映画館でお逢いしましょう!! ……というか、来週御紹介する作品、是非劇場にいらっしゃって下さい。お待ち申し上げております(←宣伝)
P.S.
紙数の都合上、詳しく御紹介することができませんが、9月公開のおすすめ作品をサラリと御紹介しておきましょう。15日に東京公開されたパク・チャヌク監督の『サイボーグでも大丈夫』はポスター・イメージからは想像もつかない反体制社会派ラブ・ファンタジーの怪作。22日公開の『サルバドールの朝』は革命運動に身を投じた果てに、理不尽な死刑執行によって若き命を散らせたスペイン青年の実話映画化した傑作。29日公開の『エディット・ピアフ〜愛の讃歌〜』は、フランスで国民的人気を誇ったのシャンソン歌手:エディット・ピアフの生涯を映画化した力作で、主演のマリオン・コティヤールの熱演が素晴らしい一品です。芸術の秋。映画界から目が離せませんよ。
プラネット・テラー in グラインドハウス http://www.grindhousemovie.jp/
2007 105分 アメリカ
監督・製作・脚本・撮影・編集・音楽:ロバート・ロドリゲス 出演:ローズ・マッゴーワン/ブルース・ウィリス/フレディ・ロドリゲス/ジョシュ・ブローリン/マーリー・シェルトン/ジェフ・フェイヒー/ステイシー・ファーガソン/ナヴィーン・アンドリュース/マイケル・ビーン/レベル・ロドリゲス/ジュリオ・オスカー・メチョソ/ニッキー・カット/エレクトラ・アメリア・アヴェラン/エレクトラ・イザベル・アヴェラン/クエンティン・タランティーノ
東京:TOHOシネマズ六本木ヒルズ、日比谷みゆき座他
大阪:ナビオTOHOプレックス、TOHOシネマズなんば他
京都:TOHOシネマズ二条他
詳細はHPにて御確認下さい
2007年9月17日号掲載
< 『朱霊たち』大阪公開 告知・宣伝(前)(07/9/24) | デス・プルーフ in グラインドハウス(07/9/10) >