グラインドハウス文化と
タランティーノの映画愛!
8月にお届けした戦争ドキュメンタリー映画特集(全4回)の終了と共に、日本映画界も夏休み映画シーズンに幕。ホッと一息の秋興行に移行するかと思いきや、ここでとびきりホット&クールな2作品が連続公開されます。息をつく間もないとはまさにこのこと。もったいぶらずに、その2作品のタイトルをご紹介しましょうね。
●『デス・プルーフ in グラインドハウス』
(クエンティン・タランティーノ監督) =9/ 1公開
●『プラネット・テラー in グラインドハウス』
(ロバート・ロドリゲス監督) =9/22公開
この2作品。全米では『グラインドハウス』というタイトルで2本立て公開されました。諸事情あって、日本では1本1本が独立した形での公開となるわけです。全米公開版(2本立てバージョン)は、8月末に、東京・大阪のみ一週間限定で特別公開されましたが、日本公開版で鑑賞されるという方が圧倒的に多いでしょう。
ではまず、「 <グラインドハウス> とはなんぞや?」ということから御説明しましょうね。
<グラインドハウス> とは、【1960・70年代にアメリカに存在した、B級映画を2本立て・3本立てで公開する専門映画館】のことです。そこで公開される映画を <グラインドハウス映画> と呼ぶわけですね。日本で言うと、名画座文化に近いものがあるかも知れません。それも東京の文芸座や並木座といった、少し高尚な感じのする小屋ではなく、ヤクザ映画専門館だった新宿昭和館や、浅草・上野の二番館・三番館。大阪だと新世界国際劇場や新世界東映が近いでしょう。
ただただ上映され、消費され、そして忘れられていく運命にある安手の低予算量産型の <グラインドハウス映画> でしたが、その中身は正に玉石混交。無論、圧倒的に「石」が多いわけですけれど、中には「玉」もあったわけです。そして「玉」とはいかないまでも、キラリと光る忘れ難い佳作・秀作もその中には紛れ込んでいたわけですね。
クエンティン・タランティーノもロバート・ロドリゲスも、共に、自他共に認める映画オタク。少年・青年時代に <グラインドハウス映画> の洗礼を全身に浴びて育った世代です。そんな <グラインドハウス・ジェネレーション> ど真ん中の2人が、21世紀の現代に <グラインドハウス映画> を再び蘇らせようと試みたのが、今回の2本立て企画映画:『グラインドハウス』であるわけです。
タランティーノとロドリゲスは、それぞれの作品で、わざとフィルム傷やフィルムの飛び、ノイズなどを演出として施しました。また、この企画に賛同し、協力した監督・キャストが他にも大勢います。彼らは <グラインドハウス映画> における観客の大いなる楽しみの一つであった「次回上映作品予告編」をも蘇らせるため、この『グラインドハウス』のためにフェイク(偽物)の予告編を制作しました。このフェイク予告編、日本公開版ではロドリゲス監督の『マチェーテ』(出演:ダニー・トレホ、チーチ・マリン)しか上映されませんが、全米公開版にある他の3監督による3篇もご紹介しておきましょうね。
●『ナチ親衛隊の狼女』
(出演:ウド・キア、シビル・ダニング、ニコラス・ケイジ)
=監督:ロブ・ゾンビ→代表作:『マーダー・ライド・ショー』『デビルズ・リジェクト〜マーダー・ライド・ショー2』『ハロウィン』
●『Don’t/ドント』
(出演:マシュー・マクファディン、ジェイソン・アイザックス)
=監督:エドガー・ライト→代表作:『ショーン・オブ・ザ・デッド』
●『感謝祭』
(出演:ジョーダン・ラッド、マイケル・ビーン、ティム・ロビンス)
=監督:イーライ・ロス→代表作:『キャビン・フィーバー』『ホステル』『ホステル2』
どうです? 凄く豪華な布陣でしょう? 言わば、この本編2作品+フェイク予告編4作品=『グラインドハウス』は、それらが全て1セットになった <グラインドハウス体感アトラクション> であるわけです。そのため、本来ならば、全米公開版で2本立て鑑賞するのが一番正しい鑑賞法と言えます。しかし、残念ながら日本ではそれが叶わなかった。それでも、私は「公開されるだけありがたい」と思っています。そして、1作ずつ単独公開されるからといって、損であるばかりではありません。今回日本公開される単独上映バージョンは、それぞれが全米公開バージョンより長い <ディレクターズ・カット版> であるからです。限定公開された全米公開版を鑑賞できなかったのは残念ですが、そちらは今後発売されるであろうDVDで楽しむことにして、日本公開版を大いに楽しもうではありませんか。
さて、ここからは9月1日から公開中である、クエンティン・タランティーノ監督の『デス・プルーフ in グラインドハウス』について御紹介しましょう。
【自らの愛車を凶器とし、美女たちを血祭りにあげる事を至福の喜びとするスタントマン・マイクと、彼に立ち向かう女性たちの壮絶な闘いを描く】
というストーリー。非常にシンプルなストーリーですね。
出演はスタントマン・マイクにカート・ラッセル、彼に立ち向かうスタントウーマン・ゾーイにゾーイ・ベルが扮している他、ロザリオ・ドーソン、ローズ・マッゴーワン、シドニー・ターミア・ポワチエ、メアリー・エリザベス・ウィンステッド、マイケル・パークス、マーリー・シェルトンらが共演しています。また、クエンティン・タランティーノとイーライ・ロスが特別出演しているのも見逃せないポイントですよ。(シドニー・ターミア・ポワチエは、名優:シドニー・ポワチエの娘であります)
本作は、タランティーノ作品おなじみのダラダラした会話(それでいてサイコーに面白い!)と、センス抜群のサントラが全編を彩っています。そして、前半では、カート・ラッセル扮する殺人鬼の凶行がじっくりと描かれる。スピーディーな演出と、鬼気迫る演技、そして画面中に飛び散る手・足といった切り株描写に圧倒されること間違いなし! いかにも陰湿な展開には、偏執的サイコキラーであるマイクのキャラクターが相俟って、思わずゾクゾクさせられます。それが後半ではガラリと変わるんです。いかにもアメリカンなカラッとした陽光の中で繰り広げられる怒涛のカーチェイスとぶっ飛んだユーモアがたまりません。この予想外の落差に、私は試写室で大いに笑い転げたものです。
思うに、タランティーノは、前半で『激突!』や『ヒッチャ―』風のサイコ・ホラーを、後半で『バニシング・ポイント』『マッドマックス』風のカー・アクションを展開したかったのでしょう。作中で使用される車は『バニシング・ポイント』で登場した70年型ダッジ・チャレンジャーや、『バニシング in 60』で登場した72年型フォード・ムスタング、『ダーティー・メリー、クレイジー・ラリー』で登場した69年型ダッジ・チャレンジャーといった凝りよう。過去の作品にオマージュを捧げつつ、巧みに模倣し、そしてそれが見事な現代映画&タランティーノならではの作品に仕上がっているのです。
前半のクライマックスである壮絶なカー・クラッシュ&後半のクライマックスである生身のカー・スタントは本作の2大見せ場となっていますが、タランティーノは、本作で初めて撮影監督も兼任。「撮りたい物は自分の手で!」という意欲が見事に結実した快作に仕上がっています。
特に後半のカー・アクションは凄い! カート・ラッセルと対決するゾーイ・ベルという女優は、あまり馴染みのない人ですが、それもそのはず。彼女は本物のスタントウーマンなのです。『キル・ビルvol.1&2』で、ユマ・サーマンのスタントを担当したことから、タランティーノの目に止まり、今回の大抜擢となったらしいのですが、その期待に見事応える素晴らしいアクションを披露しています。カート・ラッセルの実に楽しそうな一大怪演と共に楽しんで欲しい部分ですね。
さて、本作、その他にも、映画ファンにはたまらない多くのくすぐりが全編に散りばめられていますよ。マイケル・パークス演じるアール・マックグロウ保安官は、『キル・ビルvol.1』にも登場していましたし、『プラネット・テラー in グラインドハウス』にも全く同じ役名で登場するという、言わばタランティーノ一家の作品に欠かせない名キャラクターですし、その息子であるエドガー・マックグロウ保安官を演じるジェイムズ・パークスはマイケル・パークスの実子でもあります。スタントマン・マイクに狙われる美女:パムを演じるのは『プラネット・テラー in グラインドハウス』で大活躍するローズ・マッゴーワンですし、女医:ダコタを演じるマーリー・シェルトン、双子のベビーシッターを演じるエレクトラ&エリーズ・アヴェランも全く同じ役柄で『プラネット・テラー in グラインドハウス』に登場しています。こういったリンクを探すのも実に面白いですね。
今年の秋映画は『グラインドハウス』で幕を明けましょう。この2作品、劇場で満喫するにはうってつけですよ。
次回は、一週のお休みを頂いてから、『プラネット・テラーinグラインドハウス』をご紹介しますね。
それでは次回、また <グラインドハウス> でお逢いしましょう!!
P.S.
<グラインドハウス> が全米から姿を消したように、この秋、大阪の由緒ある劇場:梅田OS劇場&OS名画座がその歴史に幕を閉じます。10月からTOHOシネマズとして新たなスタートを切りますが、
<OS> の看板が無くなってしまうことは、大阪だけでなく、日本全国の映画ファンにとって寂しい事です。
そんなOS劇場最後の上映作品が本作であるところも、なんだかたまらないものがありますね。
さて、OS名画座では、 <OS最後の特集上映> が行われています。そちらも併せてご紹介しておきましょう。OS最後の姿を映画ファンとして見届けてあげて下さい。
【特集:大女優の記憶 名画座の終わり】
【上映劇場】OS名画座
【日程】9月1日〜21日【タイトル&スケジュール】
●9月 1日(土)〜 7日(金) 『ガス燈』
●9月 8日(土)〜14日(金) 『ギルダ』
●9月15日(土)〜21日(金) 『グランド・ホテル』
いずれも朝1回の上映【料金】当日:1200円(前売券:800円)
デス・プルーフ in グラインドハウス http://www.grindhousemovie.jp/
ドレスコードは、スリルとスピード
2007 113分 アメリカ
監督・脚本・撮影:クエンティン・タランティーノ 出演:カート・ラッセル/ロザリオ・ドーソン/ローズ・マッゴーワン/シドニー・ターミア・ポワチエ/ゾーイ・ベル/
マイケル・パークス/メアリー・エリザベス・ウィンステッド/ヴァネッサ・フェルリト/ジョーダン・ラッド/トレイシー・トムズ/マーリー・シェルトン/ニッキー・カット/イーライ・ロス/クエンティン・タランティーノ
東京:TOHOシネマズ六本木ヒルズ、日比谷みゆき座他
大阪:梅田OS劇場、TOHOシネマズなんば他
京都:TOHOシネマズ二条他
兵庫:三宮シネフェニックス他
など、9月1日より全国一斉公開中。
※詳細はHPにて御確認下さい
2007年9月3日号掲載