端正込めて丁寧に織り上げられた <絆> の物語!
映画好きの貴方に、友人から次のような質問が投げ掛けられたとします。
「聖母マリアをメインに描いた映画って何かある?」
さて、貴方は何と答えますか?
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イエス・キリストをメインに描いた作品なら、数作品が頭に浮かびます。皆さんの中では、メル・ギブソンが監督した『パッション』を挙げる人が一番多いでしょうね。その他にも、『キング・オブ・キングス』『奇跡の丘』『偉大な生涯の物語』『キング・オブ・キングス』『ナザレのイエス』『最後の誘惑』などなど。あ、そうそう。1925年版と1959年版の『ベン・ハー』にもキリストが出てきます。原作小説の原題を『Ben-Hur: A Tale of theChrist』(『ベン・ハー:キリストの物語』)というくらいですから。
けれど、聖母マリアをメインに描いた作品となると……
これが即座に浮かんでこないのです。聖母マリアが出てくる映画は幾つかあります。先述した『パッション』ではマヤ・モルゲンステルンが、『ナザレのイエス』ではオリビア・ハッセーが演じていたのが有名ですが、あくまでイエス・キリストをメインとした作品でした。また、聖母マリアをモチーフにした作品も幾つかあります。『ゴダールのマリア』や『マリアの受難』
がそうですし、サイレント時代の傑作『メトロポリス』に登場するロボット:マリアのモデルは明らかに聖母マリアでしょう。しかし、聖母マリアをメインに描いた映画というのは、ちょっと思いつきません。
TV映画なら、『聖母マリア』(ソフトタイトル『ジーザス』)という作品があって、ペルニラ・アウグストが聖母マリアを演じていますが、劇場用映画としては製作されたことがないようです。聖書には、聖母マリアの他に、マグダラのマリアという人物が大きく登場します。『パッション』ではモニカ・ベルッチが演じていた人物で、こちらは娼婦を生業としていた「罪の女」として登場しますが、後に改悛し、イエス・キリストの処刑と復活を見守り、聖人となります。モニカ・ベルッチは『マレーナ』と言うイタリア映画で、マレーナという女性を演じていますが、マリアのイタリア語読みがマレーナで、明らかにこのキャラクターはマグダラのマリアを下敷きにしています。
また、サイレント期のドイツでは、『マリア・マグダレナ』という作品があって、正真正銘、マグダラのマリアを描いた作品です。なのに、聖母マリアをメインとした劇場用映画はなかったというわけです。ちょっと意外ですよね。
けれど、ようやく今年、アメリカで聖母マリアをメインに据えた作品が公開されました。この12月1日から、日本公開も始まります。邦題はズバリ『マリア』。【イエス・キリストの降誕に至るまでの聖母マリアとその夫ヨセフの姿を描いた歴史ドラマ】となっています。これが実に丁寧に作ってある秀作でしたので、今回はこの作品を皆さんにおすすめしましょう。
【舞台は中東エルサレム。ナザレの村に暮らすマリアは、ヨセフという青年と婚約をする。その後、しばし村を離れていたマリアが戻って来た途端、ナザレの民はマリアに軽蔑の目を向けるようになった。マリアの腹は膨れ、明らかに妊娠の兆候を示していたのだ。しかし、マリアは自分は純潔のままであり、この妊娠は処女懐胎だと主張する。ある日、マリアの目の前に大天使ガブリエルが現れ、「それは神の子だ」と告げたというのだ。周囲の目が日毎に冷ややかさを増す中、ヨセフがマリアに言う。「君を信じるよ……」
その頃、ヘロデ大王は、救い主誕生の予言を恐れ、国の人口調査を開始した。そして、救い主になる可能性のある者は処刑するようにとの厳命が下る。ヨセフは、マリアを連れて故郷のベツレヘムへ向かう事にするが……】
というストーリー。
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聖母マリアには、『クジラの島の少女』でアカデミー賞主演女優賞候補となったニュージーランド出身のケイシャ・キャッスル=ヒューズが扮し、ヨセフにはグァテマラ出身の若手俳優オスカー・アイザックが抜擢。ヘロデ王にアイルランド出身の性格派キアラン・ハインズ。『砂と霧の家』でアカデミー賞助演女優賞候補となったイラン人女優ショーレ・アグダシュルーや、『リバティーン』のスタンリー・タウンゼントも共演。その他、ヒアム・アッバス、ショーン・トーブ、アレクサンダー・シディグ、ナディム・サワラ、エリック・エブアニー、ステファン・カリファといった国際色豊かなキャストが集結……と言っても、知らない俳優さんの名前が多いのではないでしょうか? でも、演技の上手い人ばかりが揃っているのです。派手さはないけれど、実力派揃いという。
一番注目して頂きたいのは彼らの表情。マリアの清廉さ、ヨセフの優しさ、国王の愚かさ、民の力強さ、それらが表情にしっかりと現れています。虐げている側の表情に漂う弱さと、虐げられている側の表情に漂う強さ。それを演技と感じさせないのです。これは、撮影・美術・衣装などといった裏方の丁寧な仕事振りも大きく貢献しているのですが、2007年に作られた映画とは思えないですね。イエス・キリストが生まれたとされる紀元前7年〜4年頃の世界にタイム・スリップして、2007年の機材で撮影してきたような、そんな錯覚に陥るほどでした。驚くほど丁寧な仕事をしていますよ。見慣れない俳優陣の名演と併せて、こういった裏方さんの確かな仕事振りをじっくり味わって頂きたいところです。
正直に言いますと、この作品、実際に鑑賞するまで半信半疑だったのです。
監督は美術スタッフとして長く映画界で活躍した後に監督デビューを果たしたキャサリン・ハードウィックという女性で、本作が3作目となるのですが、どうもこの監督に向いた題材だと思えなかったからです。彼女は、デビュー作の『サーティーン あの頃欲しかった愛のこと』で、現代アメリカを舞台に、セックスとドラッグにのめりこんでいく13歳の少女とそれを何とかしようとする母親を描きました。出演と脚本も担当している日記―・リードという女の子の実体験を下敷きにしていますから、一つの青春映画なわけです。そして2作目が、『ロード・オブ・ドッグタウン』で、1970年代の若者文化に革命をもたらしたという3人のスケボー少年の実話を映画化した作品です。これもやはり青春映画ですね。
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ここでハタと気付きました。キャサリン・ハードウィックは「青春映画」にこだわっていたのではなく、常に <絆> というものにこだわってきたということに。思えば、『サーティーン――』は母と娘の、『ロード・オブ――』は親友同士の、そして『マリア』は3人家族の、それぞれの <絆> を巡る物語でした。ですから、この三作品は紛うことなきキャサリン・ハードウィック印の作品に仕上がっているというわけです。ジャンルやスタイルではなく、テーマが一貫していたわけですね。また一つ、映画の見方を教えてもらったような気がしました。
マリアとヨセフの伝記ドラマとしても、イエス・キリスト生誕秘話としても、そして家族の絆の物語としても良く出来ています。おすすめの作品ですよ。
それでは、また劇場でお逢いしましょう!!
P.S.
本作の原題は『THE NATIVITY STORY』。直訳すると『生誕の物語』といった意味になります。ところが、邦題では『マリア』としました。この邦題を私は高く評価したいですね。端的で分かり易いですし、『ザ・ネイティビティ・ストーリー』だとか、『キリスト誕生』だとかいった邦題になるよりはずっと良いでしょう。『マリア』だと、すぐに女性を連想しますし、女性監督による、女優主演の作品としてもリンクする部分が多いですしね。
マリア
その希望の光は、ひとつの愛から生まれた。
2006 THE NATIVITY STORY
100分 アメリカ 監督:キャサリン・ハードウィック 製作:ウィック・ゴッドフレイ 脚本:マイク・リッチ 撮影:エリオット・デイヴィス 衣装デザイン:マウリツィオ・ミレノッティ 編集:ロバート・K・ランバート スチュアート・レヴィ 音楽:マイケル・ダナ 出演:ケイシャ・キャッスル=ヒューズ オスカー・アイザック ヒアム・アッバス ショーン・トーブ キアラン・ハインズ ショーレ・アグダシュルー スタンリー・タウンゼント アレクサンダー・シディグ ナディム・サワラ エリック・エブアニー ステファン・カリファ
http://www.maryandjoseph.jp/
12/1〜 東京:シャンテシネ、テアトルタイムズスクエア、シネマメディアージュ、TOHOシネマズ府中&南大沢&西新井にてロードショー
12/8〜 大阪:テアトル梅田、高槻ロコ9シネマ、TOHOシネマズ泉北、MOVIX八尾にて
12/8〜 京都:みなみ会館 神戸:OSシネマズミント神戸奈良:TOHOシネマズ橿原和歌山:ジストシネマ和歌山にて
他、全国同時&随時ロードショー