山桜の花吹雪がスクリーン一杯に舞う。白に近い桜色の花弁が、観る者の心まで同じ色に染めていく。その瞬間が好きだ。静かだが力強く、それでいて優しさに溢れ、そして温かい。誰もが心躍る春という季節に幕を開け、その翌年の春の訪れを感じさせて幕を閉じる本作は、言わば山桜に始まり山桜に終わるという円環の構造を有していることになる。陰鬱な雨季や、うだるような日照り、過酷な寒期を乗り越えれば、うららかな春がまた巡って来るという本作の語り口が示すものは、ズバリ人生の真理と言えよう。
山桜は春に見事な美しさを誇るが、夏も秋も冬も、山桜は常にそこに在る。春にだけ存在するわけではない。一年の大半を目立たずに過ごし、ここぞという時期に見事に咲き誇るのだ。本作は、そんな山桜のように実直な侍と、そんな彼に対して密かに恋心を寄せ、白い頬を桜色に染める女性を描いた清らかな時代劇だ。
本作の成功の要は、実直な侍・手塚弥一郎役に扮した東山紀之の凛とした佇まい。決して乱れず、ただひたむきに耐え、ここぞという時に美しい刀捌きを見せる。みだりに刀を抜いたりはしない。日頃の実直な弥一郎の心の中には、春を待つ山桜が持つ堅固な幹にも似た、決してぶれることのない信念がある。東山紀之は、そんな真の侍を見事に演じ切ってハマリ役。彼の流麗な殺陣が、その鮮やかな身のこなしによって、舞いにも似た感触を呼び起こす様は圧巻の一語だ。
そんな侍に惚れた清廉な女性が、2人で共に花を咲かせる日は近い。そういう観客の祈りや希望を大切にした温かさが、スッと心に染みてくるのが実に心地良い。初の時代劇挑戦となる篠原哲雄監督が、本作でも、持ち味である優しさを存分に活かしてみせた。自然と人間を対比させる語り口は篠原監督の真骨頂だ。原作である藤沢周平の同名短編小説が抱いた <心> をこそ描いた佳編として長く大切にしたい作品。 <誰が見てもわかる> という丁寧な作りにも好感が持てる。
山桜 http://www.yamazakura-movie.com/
5/31〜 東京:テアトルタイムズスクエア、T・ジョイ大泉、立川シネマシティ