今、書店では小林多喜二の『蟹工船』が平積みとなっている。プロレタリア文学の代表作として知られる、最早、古典と言えるこの小説が、現在、また大いに売れているというのだ。なるほど、ここで示される劣悪な条件と過酷環境の下で働く労働者の姿が、 <ワーキング・プア> という言葉が流行語となっている現代において、再び注目されるということはごくごく自然なことのように思える。
そんな中、コーヒー農家の貧困を描いた『おいしいコーヒーの真実』というドキュメンタリー映画が、現在、東京でヒットしているというのも、これまた大いに合点のいくところだ。これから公開となる地域も多いので御紹介しておきたい。
近年、日本の映画興行界で、ドキュメンタリー映画が一つの大きな潮流を形作っているが、その中で、昨年末頃から、<食> を巡る作品がにわかに注目を集めるようになってきた。『いのちの食べかた』然り、『食の未来』然り、『ハダカの城〜西宮冷蔵・水谷洋一〜』然りである。テレビやラジオ、新聞では、<食> を巡る不祥事が連日報道され、大きな社会問題として関心を集めている今、この流れもごくごく自然な流れと言えよう。 その中でも、本作はコーヒーという、飲料として、世界中で親しまれている <食> に焦点を当てている。
石油に次いで、世界第2位の市場を誇るというコーヒー。しかし、コーヒー農家の暮らしは貧困に喘いでいる。世界最高級のコーヒー豆を輸出しているエチオピアも例外ではなく、子どもを学校に行かせることもままならない。いや、そればかりか、時には緊急食料支援を受けなければ生きていけないほどの困窮振りであるというのだから驚いた。そのため、コーヒー栽培を止め、麻薬の原料となるチャットという植物の栽培に切り替える農家も多いという真実が示された時、日頃、何も考えずにコーヒーを口にしている私は打ちのめされてしまった。最高級のコーヒー豆を育てているとなれば、てっきりその農家は良い暮らしをしているに違いないと思い込んでいたためである。
では、どうしてこのような矛盾が生ずるのであろうか?
そこには、コーヒーの主たる消費国である先進国の利権追及がある。
コーヒー一杯330円として、農家に還元されるのは僅か3〜9円ほど。それを下回ることもあるという。これでは、農家が窮するのも無理はない。まさに「働けど、働けど、我が暮らし楽にならざり」である。
編集や構成にやや難があり、中盤でやや中だるみする感はあるものの、本作が示した真実は胸に突き刺さる。本作が描いているのは、コーヒーをめぐる薀蓄(うんちく)ではない。コーヒーを触媒として、そこに見られる社会格差を描いているのだ。それゆえ、コーヒー党の方はもちろんのこと、そうでないという方にも是非御覧いただきたい。『蟹工船』で描かれた不当は、今尚、見られるのだ。
おいしいコーヒーの真実 http://www.uplink.co.jp/oishiicoffee/
原題『 BLACK GOLD 』)
2006 年 イギリス/アメリカ 78 分 配給:アップリンク
監督:マーク・フランシス&ニック・フランシス
【上映スケジュール】
上映中
東京:アップリンクXにて
東京:東京都写真美術館にて( 7/11 まで。モーニングショーのみ)
7/26 (土)〜 大阪:十三第七藝術劇場
8/16 (土)〜 兵庫:神戸アートビレッジセンター
近日 京都:京都みなみ会館
そのほか、全国順次公開予定