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text/引地 正

1995年――今日に至る書籍出版の象徴的現象は整いつつあった。

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 この年は、経済白書が「もはや戦後ではない」という宣言をした年である。
 書籍も、ベストセラーをみる限るある種安定した生活のなかの問題に焦点が絞られているものが目立っている。勿論、戦後史学の集大成とも言うべき『昭和史』のようなものがあり、『広辞苑』のようにこののち長くベストセラーをつづけていくようになる、日本語のもっともスタンダートとなった辞典のようなものもある。
 明治維新史もそうであるが、昭和史にいたっては研究史は戦後も数年たってのことである。遠山茂樹氏は横浜私立大学の教授としても維新史、近代日本史の研究者としても最も著名になる一人であるが、この当時はまだ東京大学史料編纂所所員であったようである。年41歳。今井清一氏は横浜市立大学の教職にすでにあったようであるが年31歳。藤原彰氏は、後年は歴史講座等の常連となった有名な研究者であるが当時は33歳の新進気鋭の近代史学者であったようである。こののち十三年たって、一橋大学の教授になっている。
 彼らはこののち、近代史研究の代表的研究者となっていくわけである。
『広辞苑』の新村出(しんむらいずる)は、1876年生まれの言語学者で当時既に現役ではなく京都大学の名誉教授であったが79歳の高齢であった。新村は、過去において『辞苑』(35年)、『言林』(49年)の二冊の国語辞典を編纂しているが、『広辞苑』はその集大成ともきいえるものであったし、もっとも完成度の高い辞書であった。この辺の事情については、新村の長男でフランス文学者であった猛の著『広辞苑物語―辞書の権威の背景』に詳しい。
 しかし、いずれにしても戦後10年の集約という側面の感じられるのは、これだけにとどまらない。『万葉集の謎』『欲望』『指導者』なども、かつてはみられなかった書籍である。
 この年のベストセラー10冊のうち、『はだか随筆』は一橋大学教授の佐藤(弘)氏58歳、『欲望は』千葉大学教授の望月氏は教授なりたての45歳である。『うらなり抄』は東大の仏文教授の渡辺氏は54歳である。この年、レジョン・ドヌール勲章を受賞。『うちの宿六』はフランス帰りの現代絵画の有名な評論家であり、福島コレクションで有名な福島繁太郎氏の夫人でエッセイスト。
『万葉集の謎』の著者は『人間の歴史』と同じ安田徳太郎氏で光文社のカッパブックスの生み出した路線である。この年のカッパブックスは、東京女子高等師範(現お茶の水女子大)英文学教授の本多顕彰氏(58歳)の『指導者―この人々をみよ』を加えると4冊である。
 この他では、『不安の倫理』『自分の穴のなかで』といういずれも現代生活、普遍化しつつあったサラリーマン生活の不安定さのなかの人間というものを描こうとした石川逹三氏(50歳)である。氏はこれ以後も、現代人の不安というテーマで小説を発表していくが、そのいずれもベストセラーになることが多かったのである。

[昭和30(1955)年]

はだか随筆   佐藤弘人   中央公論社
欲望   望月 衛   光文社
うらなり抄   渡辺一夫   光文社
不安の倫理   石川逹三   講談社
うちの宿六   福島慶子   文芸春秋新社
万葉集の謎   安田徳太郎   光文社
広辞苑   新村出編   岩波書店
昭和史   遠山茂樹・今井清一
・藤原彰
  岩波書店
指導者   本多顕彰   光文社
自分の穴の中で   石川逹三   新潮社

 一方でこの年は、前年に続いて新書判のブームがつづいていた。同時に『広辞苑』が12万部も売れ『世界大百科事典』『大漢和辞典』等の大辞典の出始めたも特徴的なことであった。今日に至る書籍出版の象徴的現象は整いつつあったということが出来よう。

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