ケンは便箋に印刷された紋章に目を止めた。それは胴体が一つで頭が二つの鷲が翼を広げた図だった。古代ローマの時代から帝王の印とされたエンブレムで、欧州の盟主、ハプスブルク家の紋章も双頭の鷲だ。

 「ラテン語、双頭の鷲。犯人はずいぶんと格式張ったことをするのが好きなようだな」つぶやくケンの顔を山岡はじっと見ていた。

 ケンには、犯人の目的は金だけではなく、裏に何か隠された意図があるに違いないと感じていた。

 「それで、政府はどんな対応をしているのですか」

 「ことがことだけにあまり大騒ぎする訳にもゆきません。現地の警察による捜査とは別に調査をということで、調査員を10人ほどヨーロッパに送り込みました。それが……」

 「それがどうしました」

 「彼らもまた行方不明になってしまったのです。もちろん、皆訓練された諜報部員でした。最初の2、3週間はこちらへの連絡を欠かさなかったのですが、しばらくすると、申し合わせたように連絡が途絶え、それっきりどこに行ったか、生きているかどうかも分からなくなってしまったのです」

 「そうですか、それはただごとじゃありませんね」ケンは山岡に体を向けた。「お話はわかりました。そこで私に何を依頼されたいのですか。大使の救出ですか、それとも誘拐犯人の抹殺ですか」

 山岡は、またハンカチで鼻の辺りを拭き、改まって畳に手をついた。

 「はい、犯人を突き止めていただくことと、それに何とか大使を助けていただきたいと願っています」

 ケンは無言のまま山岡の顔をじっと見た。山岡が続ける。

 「何とか、何とかお願いします。我が国には打つ手がありません。遠いヨーロッパに派遣できるような特殊部隊もありません。しかし、このまま手をこまねいていては、第二第三の誘拐事件が起きかねません。あなたの力をお借りして、何とか事件を解決していただきたいのです」山岡は畳に手をついて頭を下げた。

 「私の力と言われても、私はご覧の通り山で修行中の一介の武者に過ぎません。そういうことは、現地の警察にまかせられるのが一番ではないのですか」

 「それが、警察がなかなかこちらの思うように動いてくれないのです。まさか、犯人と結託しているとは思いませんが、大使館員が何度足を運んでも手がかりなし、の一点張りだそうです」

 山岡は早口にそこまで言い終わると、口を閉じた。ケンも無言のままで、静寂の中を時間が流れた。

 

2004年9月13日号掲載


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