「お話はおわりですね」

 ジャンヌが目をあけて立ち上がっている。ケンの前に座ると、倒れている山岡を見ながら、「このおじさまもご苦労さまね。大事なご用でこんな山奥にまでいらしたのに、眠り薬を盛られるんですもの。ケンさんって本当に悪い人」

 「まあ、そう言うな。我々のことは絶対に秘密にしておかなくてはいけないんだから」

 「それはそうね。それでは、あとはこのおじさまをご自宅までお届けするだけね」

 「ああ、そうだな」

 ケンは立ち上がって伸びをする。そして、眠っている山岡の顔を覗き込んだ。「まあ、この男が嘘をついたとは思えない。難しそうだがやってみるか」

 その時、山岡が急に苦しみだした。「う、うっ、くっ、くっ」

 言葉にならない声を上げて、山岡が茶室の中をのたうち回るように、身体を反らしながら足をばたつかせはじめた。

 「山岡さん。どうしました山岡さん」

 「山岡さん、どうなさいました!」

 ケンとジャンヌが身体を抱え上げても、山岡の意識はなく、胸を押さえながら「うっ、うっ」と、呻きとも悲鳴ともつかない声を発するだけであった。

 しかし、それもわずか一分あまりのことであった。山岡は全く動かなくなり、心臓は鼓動を止めていた。

◇◇◇◇◇

 キェー、トォー!鋭い声と共に、二百坪ほどの道場で戦闘服の男たちが、所狭しと動き回っていた。

 ここは奥多摩山中、剣神社の地下にある朝比奈ケンの秘密道場だ。

 道場は、地上の小じんまりした神社の佇まいからは想像もつかないほど立派な施設であった。地下にありながら、最新式の空調設備が整っているため、息苦しさを感じることは全くない。照明にも最高のものが使用されていた。真夏の太陽の明るさから光の全く入らない暗闇まで、光度を自由に調節できる。どんな状況での戦闘にも対処できるよう、訓練しておくためである。

 戦闘服の男は九人。そして紅一点のジャンヌの姿もあった。十人は一対一の五組になって、実戦武闘訓練の最中だ。ケンは道場の隅で、厳しい目を向けている。ケンの隣には白地に金色で二本の剣の図を染めた旗が揚げられている。この図案こそ、ケンたちのグループ『神の剣』の紋章、双神剣であった。

 男たちは皆、武道や武術の達人であった。日本中の武道家、格闘家から選りすぐられた者たちだ。そして、皆ケンと命を供にする『神の剣』の仲間でもある。普段は、体育教師や武道師範など、それぞれの職業に就いている彼らも、三ヵ月に一度、ケンの道場に集まって武芸の稽古に励むのであった。

 

2004年10月4日号掲載


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●「神の剣」掲載にあたって●