「中国拳法に秘術が伝わっていると言われているでしょう。内臓のある部分を独特の突き方で突いておくと、三年経って突然死ぬってね」

 「サイゾウ、下らない事を言うな。そんなのは嘘に決まっているだろう」ムサシが語気を強める。

 「そうよね。それは風土病で、脾臓が肥大した人が背中を打たれると、後になって突然死を起こすだけ、と聞いているわ」

 ジャンヌも三年殺しなど信じていない。

 「いや、中国拳法は奥が深い。俺たちが知らない技だって幾つもあるんだ。三年殺しだって無いと決めつけるわけにはいかないぜ」サイゾウが反発した。

 「まあ、死因はともかく、これからどうするかだ。とにかく、ヨーロッパに行かなければ始まらないな」ケンが皆の顔を見回した。サスケが嬉々として、「ケンさん、それは俺にやらせてくれないか。俺がちょっとヨーロッパに飛んで情報を集めてくる」

 「お前一人でか。得体の知れない奴らが相手だぞ」

 「心配しなさんな。もし武芸の手が入り用になったら、すぐにあんたに知らせるさ」

 「無理するんじゃないぞ」

 「ケンさん。武芸ではとてもあんたにはかなわないけど、こういう仕事は俺の方が向いているぜ」

 自信満々のサスケは何の不安も感じていないようだった。

* *

 窓の外に目をやると、どんよりとした空の下に平らな陸地が現れた。すでにシートベルト着用のランプが点いている。ニューヨーク発ブリュッセル行、トランスコンチネンタル航空のエアバス330は着陸の態勢に入っていた。

 格安運賃で知られるこの便の座席はとにかく狭い。足を伸ばすこともままならない6時間半のフライト。ロールパン一個とコーヒーだけの機内食。だが、料金が他の航空会社の三分の一とあってはそれも仕方がない。

 乗客には、宝石商であろうか、髭面に黒いコートと黒帽子の正統派ユダヤ人の姿があちこちに見かけられる。そして、カツラを被り、更にスカーフで頭を包んだ女たち。

 サスケからの連絡が途絶えて二ヶ月経った。サスケはアムステルダムに飛び、ブリュッセル、パリに移動。そこで三週間程滞在した。更に、フランクフルト、ケルン、デュッセルドルフと動いて、再びブリュッセルに戻るという連絡があったのを最後に、消息を絶った。

 

2004年11月1日号掲載


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