もはや猶予はできない。ケン自らがヨーロッパに乗り込むことにしたが、動きを敵に知られてはならない。目立ちやすいヨーロッパ直行便を避け、東京からロサンゼルス、ニューヨークを経由してEU本部のあるブリュッセルに入るルートを選んだ。
一方、ジャンヌはエールフランスの直行便でパリに着き、そこからは陸路。ブリュッセルで落ち合うことになっている。
目を閉じると、ケンのまぶたには山岡の死に顔が浮かんできた。
――あれは絶対に他殺に違いない。多分サスケが言ったように、心臓マヒを起こす薬でも打ち込まれたのだろう。しかしそんなことができるのは誰なんだろうか。どこかの国の諜報機関だろうか。だとするとどんな理由で山岡を殺したのだろうか。俺への依頼を阻止するためか。それとも別に理由があるのか。それにサスケはどうしたのか。あれほどの腕利きがそう簡単にやられるとは思わないが、何故消息を絶ったのか。――
ケンの頭に次々と疑問が浮かび上がる。いまのところ、解決の糸口は全くない。どんな敵なのか。ケンには姿を見せていないが、おそらく、敵はケンの存在と山岡からの依頼内容を知っている。
――これまでで最も手強い相手になりそうだ――
ケンは身がひきしまるのを感じた。
ケンは剣術をはじめ、棒術、手裏剣、格闘術など、武芸全般の達人だ。両親はケンが生まれてまもなく亡くなったと言うが、記憶にはない。奥多摩山中で祖父に育てられ、武芸を仕込まれた。その祖父もケンが15歳の時に死んだ。あとは世界を旅して、必殺の武芸の腕をみがいてきた。
祖父によれば、ケンは源義経の血をひいている。義経は兄頼朝に追われたあげく平泉で果てたが、側室の一人が子供を宿していた。そして奥羽の山中に逃れた側室が義経の忘れ形見である男の子を産んだ。それがケンの先祖だというのだ。
だが、そんな話はケンにとってはどうでもいい。それが本当かどうか確かめる術もなければ、もし本当に義経の子孫だったとしても今では何の価値もない。ケンはそんな話をした祖父にも本当の祖父だったのかどうか疑問をもっている。
――祖父は俺の才能を認めて拾った子を育てたのか。あるいは、両親を殺して赤ん坊だった俺を奪ったのかも知れない。――
そんなことも今では全て闇の中だ。だが、とにかくケンは現代の武芸者になった。職業は神官ということになっているが、むろんこれは表向きのこと。ムサシ、サスケなど、武芸者の仲間とともに秘密のグループ『神の剣』を創ってそのリーダーに収まっている。
『神の剣』は、依頼を受ければ要人暗殺やテロリストの抹殺なども秘密裏に行う。だが、大義名分のない殺人、社会正義に反する破壊活動は引き受けない。ケンは、それが日本の武芸を引き継ぐ者の最低限のモラルだと思っている。
2004年11月8日号掲載
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