そんなことを考えているうちに、エアバスはブリュッセルのザベンタム空港に到着した。入国手続きと通関を済ませ、レンタカーのカウンターに向かおうとすると、日本語で声をかけられた。
「朝比奈さん。朝比奈さんではありませんか」
振り向くと、端正な身なりをした30代半ばほどの男が近づいてきた。
「朝比奈さんですね。日本大使館一等書記官の中西と申します。お迎えに上がりました」
「私は、朝比奈ですが」
「長旅ご苦労様でした。車を用意してあります。さあどうぞ」男は愛想がいい。
――これは妙だ。この男はなぜ俺が着くのを知っているのだ。――
ケンはいぶかしげに思いながら、ロビーを出て男の車に乗り込んだ。
* *
エールフランス機はシベリア上空を飛んでいた。が、一面に厚い雲がたちこめていて、下界を見ることはできなかった。
機内ではちょうどディナーの時間だった。常に上位の人気を誇るエアラインだけあって、ファーストクラスの食事はさすがに素晴らしい。キャビア、フォアグラのソテー、鴨のローストと高級レストラン顔負けの料理が次々とワゴンからサービスされた。
コニャックのグラスを片手で持ちながら、ジャンヌは物思いにふけっていた。
――今度の敵はとてつもなく大きいような気がする。当然、近代兵器で武装しているだろう。武芸の腕だけで大丈夫かしら。不安だし、こんな危険な仕事をしていることをお父様、お母様が知ったら、気が狂ってしまうのではないかしら――
ジャンヌは日本人の父親とフランス人の母親の間に生まれた。母親が日本に剣道と合気道の修行に来て、下宿した家の息子と結婚しジャンヌが生まれた。
武道好きは母親譲りで、子供の頃から熱心に道場に通った。高校生の時には剣道が四段になっていた。今では剣だけでなく薙刀、棒、手裏剣を使う。拳法の方も達者なものだ。
ケンとは剣道の指導が縁で知り合ったが、腕をかわれて、今では『神の剣』のメンバーになっている。
フル・リクライニングシートの座席は、ジャンヌの長い脚をゆっくり伸ばせるほどゆったりしている。体を横にして目を閉じると、心地よい眠りに誘われた。
目が覚めて、窓の外を見ると下にはもうパリの街並が広がっていた。モンマルトルの丘の上にはサクレ・クール寺院。エッフェル塔も小さく見えている。
――何度見ても美しいわ――
そう思う間もなく着陸した。
シャルル・ドゴール空港はパリの北郊にある。ブリュッセルまでは車で二時間半ほどだ。急げば二時間もかからないで着いてしまう。
――せっかくのパリなのに、一日も滞在できないなんて残念なこと――と思いながら、広い空港ロビーを横切って、レンタカー会社の事務所に向かった。
人混みの中で、アラブ系だろうか、色がやや浅黒い縮れ毛の男と、やはり浅黒くがっしりした体躯の男がニヤニヤ笑いながら近づいてきた。
2004年11月22日号掲載
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