――俺の旅程を知っているのはジャンヌだけ、他の仲間にも知らせていない。何故この男が俺の来るのを知っていたのだ。この男の言うことが本当だとすると、どうして警察庁の人間に俺の動きがわかるのか――

 だが、この場で中西を問いつめても無駄なことだ。とにかく、事件の糸口をつかまなければ。

 「それはありがたい。ところで大使についてその後わかったことがありますか」

 「それが、まったくないのですよ」

 「犯人からの連絡は」

 「それもありません。ご承知の様に、国家予算の20%を旧ソ連東欧の援助に回せという要求がありましたが、それっきり犯人からのコンタクトはありません」

 「こっちの警察の捜査はどうなっているのでしょうね」

 「それがいろいろやってくれているようなのですが」

 中西が表情を曇らせた。

 「犯人に国境を越えられると駄目なのですよ。EUは統合されましたが、それは経済面だけのこと。各国の官僚機構はそのままで、警察も例外ではありません。だからベルギーで起きた事件には、ドイツやフランスの警察はなかなか積極的に協力してくれません。そうかと言って、ベルギーの警察が国境を越えて捜査することもできないのです」

 言われてみれば、確かにこれは統合の盲点だ。国境でのパスポートチェックが廃止され、犯罪者はEUの中を自由に移動する。しかし、それを追う警察は国境を越えられない。EU統合は犯罪の国際化を進めた。そして、反社会団体も統合されるのだろうか。

 中西との話が続いているとき、ケンはジャンヌの気配に気が付いた。このレストランはもともとジャンヌとの待ち合わせ場所だったが、空港で中西の予想外の出迎えを受けたため先に来ていたのだ。

 ケンが中西に顔を向けたままワイングラスを取り上げて左右に動かす。――近寄るな――のサインだ。ジャンヌはそれを見て、中西からは見えない位置に席をとる。

 中西はジャンヌの方にちょっと目をやるが、そのまま話し続けた。

 「お聞きになっていると思いますが、大使誘拐の前に何件もの日本人駐在員誘拐事件がありました。社員が誘拐された日本企業は、ブリュッセルと近郊だけでも8社にのぼります。皆、身代金を払って解放されましたが」

 「その解放された人たちは、まだここにいるのですか」

 「だいたいは日本に帰国したと思います。やはり精神的ショックが大きいですからね。日本で精神病院に入院した人もいるように聞いています」

 「それでは犯人の様子を聞くことはできないんですね」

 「そうでもありません。犯人側と接触した支社長クラスの人はいます。手始めにその人たちから状況をお聞きになってはいかがでしょうか」

 中西は積極的だった。ケンの調査にも、日本企業への紹介も兼ねて同行したいという。

 

2004年12月13日号掲載


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