「よし、会わせてやろう」
パーペンはそう言うと、騎士の一人に小声で命じた。騎士は横の扉から広間を出ていったが、ほどなく後ろ手錠の大使夫妻を引き立てながら広間に戻った。
「あっ」思わずケンが叫んだ。
大使夫妻も何か話そうとするが、声にならない。長い監禁生活で大使も夫人もやつれ切っていた。
パーペンが口を開く。
「ハンザのことを話してしまった以上、君をこのまま帰すわけにはいかない。我々の組織に加われないのなら、死んでもらうしかない」
騎士たちのマシンガンはみなケンに向けられている。
「我々とともに栄光の道を歩むか、それとも死か。二つに一つ、どちらを選ぶかね」
と、ケンが低い声で笑いだした。
「アスカ君、何がおかしい」
パーペンがかん高い声をあげた。
「パーペンさんとやら。日本の武芸者を甘く見るなよ。見ず知らずのところに乗り込んでくるんだ。こっちもそれなりの備えはしているぜ」
ケンは素早くジャケットの前を開けてベルトを見せた。ベルトにはポケットが五ヶ所ついていて、そこには手榴弾が一個ずつ差し込まれてあった。
「古い手だが、銃を持った大勢の敵を一度に相手にするときはこれしかないんでね」
ケンは手榴弾を一発、ポケットから取り出した。
「お前たちが俺を撃ったら、俺はこの手榴弾の信管をはずす。そうすれば、お前もお前の部下もお陀仏だ」
「君は信管をはずす前に蜂の巣になっているよ」
パーペンは表情を変えない。
「やってみるか」
ケンがパーペンを睨む。
マシンガンを持った男たちがケンを囲むように動きだした。
「動くな。これが見えないのか」
手榴弾を振りかざしながら、広間中に響く大声でケンが怒鳴る。ケンの気迫に押されて、男たちは動きを止めた。
パーペンが冷たい目でケンを見据え、ケンが炎のような目をパーペンに向けた。
パーペンは動かない。<撃て> の合図を出したら、マシンガンの引き金が引かれるより早く、手榴弾がパーペンを襲うだろう。
ケンも動きを止めた。パーペンは視線を向けながら、心の目でマシンガンの男たちを観察している。
まだ、五分もたっていないのに、もう一時間も二時間も過ぎたように感じられた。ケンもパーペンも緊張は極度に達しつつあった。
が、そのとき、あまりの恐怖と緊張に耐え切れず、大使夫人が後ろ手錠のまま床に崩れるように倒れた。あわてて大使が駆け寄ろうとするが、すぐに騎士に引き戻された。騎士の腕の中で大使がもがいた。
ケンは手榴弾を構えたままだ。が、パーペンの方は緊張の糸が切れたようだ。
「アスカ君、こうしていても仕方がない。どうだ、一つ賭けでもしてみないか」
「どういうことだ」
ケンは手榴弾を持った手を下ろした。
「君に戦ってもらうのさ。我々の仲間にも強い戦士がいる。その戦士たちと戦って、君が勝てば大使夫妻は解放しよう。それに君の仲間のサルのような男もだ。もちろん、君の命も保証しよう。だが、君が負ければ、君は私の支配下に入ってもらう。これで文句はあるまい」
パーペンは意外なことを言いだした。
「お前の仲間の戦士だと? どんな奴か知らないが、俺と戦いたければ相手になってやろう」
プロの武芸者が戦いを挑まれてあとに引くことはできない。
パーペンは大使を押さえつけている騎士に目くばせをした。騎士は大使から手を離し、横の扉を開けた。
扉の向こうからガチャ、ガチャという金属の鳴る音がした。音はだんだん近づいてきて、中世の甲冑に身を固めた男が現れた。大きい。長身の騎士と比べても、頭一つ出ている大きさだ。大男は腰に長い剣を帯びている。
パーペンがにやりと笑った。
「アスカ君、紹介しよう。われらの戦士、オットーだ」
大男は広間に入り、ケンの前まできて歩を止めた」
2007年11月5日号掲載
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