甲冑の男はケンとパーペン司教の間に割って入った。近くで見ると本当に見上げるような大きさだ。身長は二メートル以上。体重の方も百二十キロから百三十キロくらいはあるだろう。

 パーペンはオットーとケンを見比べながら冷たく笑った。

「どうだね、アスカ君。我々の戦士オットーは強そうだろう。君とは大変な体格の違いだが、得意の武芸とやらで戦ってみるかね。それとも、この場で降参するかね。降参すれば命は助けるぞ」

 ケンは男から目を離さずに言い返す。

「あいにく、日本の武芸者には降参という言葉はないのだ。それに、大きいだけのブタ野郎を恐れる理由もない」

 強がってみせたが、目の前の男はブタ野郎どころではない。隆々たる筋肉で甲冑も盛り上がって見える。西洋式の甲冑は普通の大きさでも四十キロ以上、この男のように特大サイズなら、六十キロにもなろう。並みの体力ならば、立っているだけでも精一杯で、歩くのはとうてい無理だ。中世でもこんな甲冑を着けて戦ったのは、馬上の騎士に決まっていたのだ。それが、なんという体力だろう。甲冑の重さを感じさせないこの男の足取りの軽さ。

「わかった。それでは君の戦い方を見せてもらおう。オットー、やれ。容赦するんじゃないぞ」

 パーペンが言い放つと、オットーが右手で剣を抜いた。古代ローマの剣のようなまっすぐな剣で、両面に刃がついている。刃の長さだけでも一メートル五十センチを超える長剣だ。オットーが剣を両手で構える。西洋では珍しい両手剣法だが、長い剣を振り回すときは両手の方が操作しやすい。

 ケンは上着の内ポケットから戦闘用特殊杖を出した。この杖は強化スチール製で、伸縮自在。アンテナのような構造で、伸ばすと一メートル以上の長さになる。ずっしりとした重さだ。ケンは杖の細い方を持って、オットーに太い方を向けた。

 ケンを見て、パーペンがさもおかしそうに笑う。

「アスカ君、その武器はなんだね。言っておくが、オットーの鎧はマシンガンの弾も通さないようにできているんだ。そんな棒で叩くつもりかね」

 ケンは答えない。両手で杖を中段に構え、少しずつオットーの左側に回る。少しの間、睨み合いが続く。が、オットーがいきなり剣を振りかぶりながら大股でケンに向かってきた。重い甲冑を身につけているとは思えないスピードだ。が、スピードならケンの方が数段上だ。すばやく左に回りこみ、難なくオットーの剣をかわした。

 オットーが続けて斬りかかってきたが、これも左に回って剣に空を切らせる。オットーはさらに続けて剣を振るった。だが、ケンのスピードに全然ついていけない。まるで弁慶と牛若丸の戦いが八百年以上を経て、ルクセンブルクの古城で再現されているようだ。

 剣の戦いで、鎧のあるなしでは、必ずしもどちらが有利とはいえない。古代ギリシャの戦闘のように集団で密集戦法をとる場合には、もちろん鎧なしでは勝負にならない。しかし、一対一の血統の場合、どちらにも有利不利がある。

 甲冑を身につけていれば防御では有利だが、スピードが落ちる。それに戦いが長引くとスタミナがもたない。これに対し、素肌剣法は動きやすい利点があるが、一撃でも相手の剣を受ければそれで終わりだ。

 ケンはオットーの剣をかわしながら考えていた。

<かわしているだけでは倒せない。だが、もっと疲れさせて、勝負はそれからだ>

 日本の鎧と違い、西洋式の甲冑には隙間がない。だからまともに斬ったり突いたりしても剣は通らないのだ。
 
 兜も頑丈そのもの。日本の剣術に兜割りという秘技がある。一刀のもとに兜を叩き切る荒技だ。が、西洋の丈夫な兜に、しかも動いている敵を相手に、そう簡単に兜割りが通じるとも思えない。

 とにかく、通常の方法では剣は歯が立たない。だから、ケンは刃のついていない特殊杖をオットーと戦うための武器に選んだのだ。

 オットーが斬りかかり、ケンがかわす。この繰り返しの単調な戦いが続いた。だが、さすがのオットーにも疲れが出てきたようだ。兜をかぶった顔の表情は見えないが、息づかいが荒くなっているのがケンにもわかった。

 オットーの動きが止まった。呼吸を整えているようだ。だが、それは一瞬のことだった。今度は剣を体の前に伸ばし、ケンめがけて猛然と突進してきた。

 ケンは左に体を開いてかわす。と、同時に、杖がはじめて振りおろされた。

「ビシッ」

 剣を持ったオットーの右手の甲に、ケンの杖が打ちすえられた。剣道でいう抜き小手だ。ケンの杖の一撃は、瓦はもちろん、ブロックをも真っ二つに切断する。これに対するオットーの手の甲の防御は薄い鋼板一枚。普通ならば、激痛でとても剣を握ってはいられないはずだ。

 だが、さすがはオットー。声も上げず、振り向きざまに、剣を横に払う。

 ケンがボクシングのような軽いフットワークを使い始めた。オットーの剣を左右に動いてかわす。オットーが少しでも動きを止めると、ケンの方から間合いを詰める。オットーが剣を振るうと、その隙に乗じて右手の甲を痛撃した。軽快に動き回りながら、右手の同じ場所にビシッ、ビシッ、と三度、四度と特殊杖が強打された。

「ギャー」

 オットーが、動物のような悲鳴をあげて、剣を落とした。右手の骨が砕けたのだ。が、オットーは左手で剣を拾い、まだ戦おうとする。

 ケンが叫ぶ。

「パーペン、もうこれまでだ。戦いをやめさせろ。さもないと、この男は二度と戦えない体になるぞ」

 だが、パーペンは無表情のまま、口を開こうともしない。

2007年11月19日号掲載


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