オットーは左手一本で剣を持ち、なおもケンに斬りかかる。だが、もはやケンの敵ではない。ケンの杖が今度はオットーの頭部を襲う。
ガシ、ガシッ。脳天、そして横面。傷ついた野牛に襲いかかるライオンの牙のように、特殊杖がオットーの頭部を激しく打ちのめす。
兜で守られた頭は刀では斬ることができない。が、杖の打撃は兜の上からでも十分効果がある。特殊杖の連打は、オットーに回復できないダメージを与えていた。
ガシッ。ジャンプして脳天を打ちすえたケンは、オットーに背を向け、パーペンに向かって叫んだ。
「終わったぞ」
オットーはまだ立ったままだった。だが、二、三秒の後、地響きのような音をたてて前に倒れた。
ケンはパーペンを睨んだ。パーペンの目は相変わらず冷ややかだ。
「アスカ君、見事だ。このオットーは、われわれハンザ同盟でも強者でとおっていたのだ。それをこれほど簡単に倒すとは」
「お前が止めないからこんなことになった。この男はもう使い物にならない。戦いは終わった。約束だ、大使を解放しろ。それからサスケはどこだ」
「はっはっは」パーペンが高笑いした。
「アスカ君。これで終わりと思ったら大間違いだ。戦いはこれからだよ」
パーペンが右手を上げて、騎士たちに合図をした。
「我々は、君と同じ東洋からきたすばらしい客人を招待している。ぜひ君に彼らと戦ってもらいたい」
ただならぬ気配を感じてケンが後ろを振り返ると、さっき入ってきた扉から四人の中国服の男が現れた。
中国服の男たちはケンの方に歩いてきた。服の色は青、赤、白、黒と、それぞれ違っているが、揃って四角い顔に細い目、まったくの無表情だ。それに胸の龍の文字と背中の龍の図。
「アスカ君、これが我々の東洋からの客人、五大龍だ。いずれも中国武術の達人でね。もっとも一人は君の仲間に倒されて今は四人だがな」
ケンは奥多摩山中でムサシと戦った中国服の男を思い出した。そういえば、あの男は龍の文字と図柄のはいった黄色い中国服を着ていた。
「ハンザは中国人の助けを借りないと何もできないのか」
「アスカ君、狭い了見はやめたまえ。それだから君たち日本人は困るのだ。我々の組織は世界に広がっているのだ。ヨーロッパ人だけのものではないのだよ。中国人もロシア人もみな仲間だ。だから君にも我々に加わるよう求めている」
「それでこの男たち全員と俺を戦わせるつもりか」
「ああそうだ。それもひとりずつではなく、四人一度に四対一で戦うのだ。もし君が勝てばおのときこそ君の申し入れに応じよう」
パーペンは玉座から立ち上がり、全身を包む緑のマントを脱いだ。中は真っ白なスタンドカラーの上衣に白いズボンといういでたち。上衣は金モールで飾られ、長い金髪が肩にかかっている。上背はあるが、男としてはやや細身な体、面長で鼻筋のとおった顔。冷たい印象の中にも美しさを感じさせる。
まるで中世の王子だな、とケンは思った。だが、パーペンに気をとられているうちに、四人の中国人はケンを取り囲んでいた。
赤い服の男はまっすぐな細い剣を二本手にしている。双剣という中国式の二刀流だ。白服は鎖。先端には直径5センチほどの鉄球がついている。黒服は細い針金でできた投網のようなものを持っている。これでケンを捕らえるつもりだろうか。そして、青服の男は青龍刀を肩にかついでいる。
ケンはズボンの左足に隠した小刀を取り出し、左手に持つ。刃渡り30センチほどで、切っ先は鋭く、刃はゆるい弧をえがいている。そして右手にはオットーを倒したばかりの特殊杖。今度は太い方を手にし、細い先を中国服の男に向けた。
「さあ、四つの龍よ、仲間のかたきをとれ」
パーペンが叫ぶと、四人の男はケンのまわりを早足で時計と反対回りにまわりだした。
いかんな、何とか囲みを破らなければ、とケンは考えた。
2007年12月24日号掲載
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