<< < 3. 

 一時間ほど経っていた。
 ドクターが、父の上からゆっくりと降りて、ドクターシューズを履いた。もう一度脈を取り、瞳孔を確認すると、腕時計に視線を落とした。その後姿は、白衣が汗でびっしょりと濡れていた。合掌の後、こちらを振り返り、静かに臨終の時刻を告げた。
 父が死んだ。
 不謹慎極まりないが、父に跨り、白衣の背中に汗染みを作り、まるで性行為のように腰を振るドクターの丸い尻が、ネガのように脳裏に焼きついていつまでも頭から離れなかった。

 夫が跨ってきた。
 蜜の源泉めがけて、屹立を押し当てた。ぬるりと逸れて外れた。再度宛がい腰を突き出したが、また逸れてしまった。助けようとしないと、なかなか挿入できないものなのだろうか。
 僕は足を開くと、少し腰を浮かせて、指を使い陰唇を左右に開いた。腰を進め、夫のものは今度こそ中に収められた。濡れたため息を零して、何かを堪えるように少しの間じっとしていたが、緩やかに動き始めた。その動きに、僕もじわじわと快感を覚え、腰が動き出しそうになるのを、じっと我慢する。

 父は、今際の際にどんな言葉を口にしたのだろう。
 聞き取れなかったことが、口惜しくて堪らなかった。
 母は、ドクターにお礼を言うのが、はっきりと聞こえたと言った。更には、母にもありがとうと言ってくれたと、言うではないか。悲しみの中、母の顔は誇らしげで、控え目ながら喜びさえ見え隠れしていた。
 僕は、母の言葉に打ちのめされていた。
 この母を、僕は生まれた時から、怨んでいたような気がしていたが、今はっきりと気づいた。母の腹の中でまだあぶくのような時から、呪っていたのだと。
 僕は、泣いた。
 父は、本当にそう言ったのかも知れない。実際、些細なことにも、ありがとうと口に出し感謝を表す人だった。だが、それだけだったのだろうか、否、そんなことじゃない何かを、言わなかっただろうか。父はドクターの顔を見ていた訳ではなかった。母の顔を見ている訳でもなかった。見上げた天井に、誰の顔を見ていたのだろうか。
 僕の顔は浮かばなかったのだろうか。
 僕は、父に対して感謝の意を述べられるようなことは、何一つしていない。だから、ありがとうと言って欲しかった訳ではない。むしろ、困らせてばかりだったのだから、そんなことを期待するはずもなく、ただ、最期に、僕のことを思ってくれてはいなかったのかと、聞いてみたかった。
 幾ら考えても詮無いことだとは思いつつ、何度もそこに考えが巡り、そして未だに、聞こえなかったことが、口惜しくてならない。

 付き合い始めた頃、彼は一度だけ、僕の性器を明るいところで見せて欲しいと、言った。
 躊躇ったが、頼むと言われて断れもせず、皓皓とした灯りの下、僕は足を開き全てをさらけ出した。消えてなくなりたいほど、恥じていた。そんなことを頼む彼も、それに従う自分も、そして、女性器も。
 それは自分のジェンダーに対する違和感からばかりではなく、昼間聞いた彼の話しが大きく作用していた。
 それは、彼がまだ十代の頃、社員旅行で行った温泉地で、宴会も終わり先輩たちと歓楽街へ繰り出して、酔った勢いもあったのだろう、無理やり連れて行かれたストリップ小屋での話しだった。先輩たちは嫌がる彼を齧り付きの場所に押しやると、よく観音様を拝ませてもらえと囃し立てた。まだ子供だった彼を面白がったのかサービスの積りだったのか、薹が立ったストリッパーが腰をくねらせ踊りながら近づくと、彼の鼻先でご開帳とばかり指で開いて女性器を見せつけた、その醜悪さに思わず嘔吐してしまったと、吐き気がしたのではなく、本当に吐いてしまったのだと、彼は二度言った。つくづく汚いものを見たと言いた気に。夫にすれば過去の面白い話しの積りだったのだろうが、僕は一緒になって笑いながら、何ともいえず、暗い気持ちになっていた。何故なら、否応なく僕にもその醜悪な、女性器が付いているのだから。

> 5.

2009年7月6日号掲載

ご感想をどうぞ
▲comment top
▲page top
turn back to home | 電藝って? | サイトマップ | ビビエス
p r o f i l e