煙草は吸うが、煙草呑みの口の脂臭さは我慢ならない。脂臭いくちづけなど、以ての外だ。
仕事関係の男どもときたら、あの脂塗れの口で平気でがはがはと息をしながら喋りかけてくるが、一体全体どういう神経をしていることかと、呆れ返ってしまう程だ。あんなに臭い口で女房や彼女にキスをしているのだろうか。あの口を、舌を、女の体に這わせているのだろうか。僕には信じられない。
女の体に、脂色をした臭い唾液の痕が幾筋も出来ているところが、脳裏に浮かんで、ぶるっと頭を振った。僕には、到底無理な話だ。僕は、臭い物が大嫌いだし、自分の所為で人を汚すことなど、金輪際したくない。だから、用意周到な僕は、いつ何時くちづけをせがまれても大丈夫なように、一日中ガムを噛んでいる。そのような需要があるかどうかは、全く以って謎であるにも係わらずだ。
それとも、そういう輩は、うちと同様、くちづけなど疾うにしなくなっているのだろうか。
くちゃくちゃと口を動かしながら、檸檬の樹に近づくと、花びらに鼻が触れる程くっ付けて、匂いを嗅いだ。煙草の臭いに少し負けているようだが、やはり、香しい。
思い切り、胸に吸い込む。何度も吸い込む。飽きるほどに堪能すると、やっと作業に取り掛かった。
実を掴み、茎に鋏を入れる。たちどころに、芳烈な香りが漂った。
甘い花の香りとは一線を画する、刺激的な香りだった。正に、檸檬の香りである。
ぐいぐいと胸の奥底まで届いて来てくる香りは、それは期待に胸を膨らませたかと思えば、不安に苛まれるような、その二つが綯い交ぜになり、遣る瀬無ささえ感じさせる類のものだった。
まるで、大昔に恋をしていた頃の気分を彷彿とさせるような、とでも言えばいいのだろうか。
何故か、股間がずくんと脈打つように、疼いた。
檸檬を右手に持ち替えると、左手で股間を揉み拉いた。
2009年
7月26日号掲載