翌日、真新しいバスケットシューズを履いて練習に参加した。夕べのうちに近所の靴屋で買ってもらったのだ。テニスの如くまだ物になるかどうかも分からないのに、母は学校や勉強のことに関しては財布の紐が緩かった。
新品で、あまりにも白いバッシューは気恥ずかしいくらいだったが、厳しい練習にそんなことを気にしていたのも最初だけだった。タカオのことすら気にする余裕もなかった。筋トレは、連帯責任とやらで、一人がへたるとまた最初からカウントが始まるので、新人の僕としても足を引っ張りたくない一心で、かなり頑張った。へとへとになった頃やっと練習が終わったが、後かたづけが待っているので、今日もタカオの行方を見失ってしまった。
しかし、タカオは昨日今日の様子では、部員達と余り打ち解けていないように感じられた。最高学年であるにも拘わらず、そそくさと姿を消すことは何となく奇異に映ったが、斯く言う僕も、昔から誰ともあまり打ち解けられる方ではないので、何故かまたタカオに自分と同じ匂いを感じてもいた。
今日はもう、タカオを探しに行こうとも思わなかった。行ったところで、どうせとっくに帰ってしまっているだろう。さて、今日はどの道を帰ろうかと思ったが、結局昨日と同じ道を通ることに決めた。昨日の筋トレで、早くも筋肉痛がして、腹や足が痛んだ。また今夜も、宿題すら出来ずに寝てしまうのだろうかと思いながら、ゆっくりと歩いて行った。相変わらず開きっ放しの門を過ぎても、とぼとぼと歩いていた。足元ばかりを見つめて歩いていたので、それは突然だった。
目の前にタカオが居た。
傍らに自転車を止め、真っ直ぐに睨みつけるようにこちらを見ていた。
タカオちゃん、と心の中でだけ呟いていた。
黙ったまま見つめると、タカオの方から喋った。
「お前、鈍くさいのに、なんでバスケなんか入ったんだよ。」
二年振りくらいに口を利くのに、いきなりそう言った。
言われたことは癪だったが、昨日別れて今日会ったような口ぶりに、何かしら気持ちの中で解れていくものを感じた。
「鈍くさいから、テニス部、馘になっちゃって、それで。」
「なんだ、それ。ほんとに鈍くさいんだ。」
「何度も、しつこいよ。」
「ああ、そうだ。あん時もお前、転けて泣きそうになってたもんな。昔っから鈍くさかったよな。」
転んで泣きそうだったのではなく、タカオがどんどん遠くへ行ってしまいそうで泣いたのだ。全然分かっていない。
「あの時の傷、ほら、今でも残ってるよ。」
僕は膝小僧に今も刻まれている傷跡を、脚を持ち上げて見せつけた。思い掛けずに大きな傷跡になっていたからか、タカオが少しだけ眉をひそめた。しかし、口をついて出た言葉は、違っていた。
「俺があんだけ手当てしてやったのに、全然無駄だったんだ。お前は、白兎じゃなかったんだな。」
ああ、そう言えば、大黒様がどうとかこうとか、あの時も言ってたっけ。
「タカオちゃん、あの時のこと、憶えてくれてたんだ。」
僕が、嬉しそうに言うと、今度は顔までしかめて言った。
「俺は、ただ、記憶力がいいだけだよ。勘違いすんな。」
2009年2月8日号掲載